その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 レポートについてひとしきり会話したあと、ふと会話が途切れる。
 時計の秒針の音だけが部屋に響く中、沈黙を破ったのは真澄のほうだった。

 「少し、話したいことがある」

 穏やかなトーンの中にいつもとは違う温度を感じて、澪は首を傾げる。

 「どうしたの?もしかして急患?」
 「いや、違う。仕事の話だけど……ちょっと特別な話で」

 言いながら一度視線を落としてから、まっすぐにこちらを見る。
 張りつめた空気から緊張が伝わってきた。

 「実はアメリカの病院から、正式にオファーが届いた」
 「…えぇっ、本当に!?」
 「あぁ。まだ少し先の話だけど、俺が専門にしている症例に特化した部署も新設されるらしくて、現地の技術指導も含めたポジションでって話」

 海外の大病院、それも新設される専門部署から直接名指しで招かれる医師は、ほんの一握りだけ。数年かけて研究成果と実績が認められた証。澪にもそれがどれほど特別なことかは分かった。
 
 「……二年前、副院長経由で来た話覚えてるだろ?」
 「もちろん覚えてるよ。あのときは結局――」
 「そう、断った」

 真澄はカップをテーブルに置いて、ふっと息をついた。

 「あのときは、病院の名前を売るために俺を貸し出そうって話だった。蒼林の名前ありきの売り込みで――正直うんざりした」

 澪は当時のことを思い出しながらそっと頷く。

 「でも今回は違う……病院を通さず俺個人に直接声がかかった。完全に転籍して今の肩書きも組織も関係ない」
 「うん、今回は行きたいと思ってるんだね」
 「ああ。澪は今の仕事もあるし、無理にとはもちろん言わない。でも、もし一緒に来てくれたらすごく心強いし嬉しい」

 澪は、しばらく言葉を探していた。
 目の前にある大事の人の将来、そして自分の中にある未来の重さを、しっかりと受け止めたかった。

 真澄の表情は穏やかだったけれど、瞳の奥には緊張の色がある。


 「……あのね、私のほうからも話があるの」


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