その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「妹のひよりは、里子なんです。あの子が一歳のときに両親が正式に養子縁組を結びました。なので、戸籍上は妹ですけど血のつながりはありません」

 真澄の眉がほんのわずか動いた。
 けれど言葉を挟まずに、黙って続きを促してくれる。

 「母が亡くなったあとは、祖母が後見人になりました。けど……」

 そこまで話して澪はそっと視線を落とした。無意識に両手をぎゅっと握る。

 「一年くらい前から『ひよりの実母』と名乗る女性から連絡が来るようになりました。親権を返してほしい、娘と暮らしたいって」

 突然来た連絡。そのときの衝撃は、今でもはっきり覚えている。
 一方的な主張と要求。生みの親といっても親権はないこと、法的にも監護権を含めこちら側に権利があることを説明しても、相手は聞く耳を持たなかった。

 「…妹さんにそのことは?」
 「最初の連絡が来たあと、一度話しました」

 もしかしたら、本当の母親に会いたい気持ちがあるかもしれない。だとしたらそれを尊重するべきだと思ったから。

 『まさか、今さら会いたいとも思ってないよ。私は家族みんなで暮らしてきたこの家にずっといたい!』

 (その言葉で、気持ちは決まった。ひよりは私の妹だって)

 戸籍上だけじゃなく、心から。

 「十七年間音沙汰もなかったのに急に親権を主張してきて…正直、相手を信用できませんでした。そうしたら今度は『弁護士を立てて親権回復の申し立てをする』と」
 「ほとんど脅しだな」

 真澄が少し息をついた。

 「はい。でももし本当に裁判になったら……」

 祖母も高齢で、自分は独身。収入も生活の安定性も法的にみたら弱いかもしれない。

 もし『生みの母親』という立場のほうが重視されてしまったら――?
 それだけは、絶対に避けたかった。

 「そんなときに、柊木さんから契約結婚の提案をいただいたんです」

 (私はあの子を守りたい。どんな手を使ってでも)

 私は配偶者を得て、生活基盤は安定する。配偶者が大学病院で医師、というのも印象がプラスに働くかもしれない。
 たとえそれが形式だけの結婚だとしても、妹を守れる立場になりたかった。

 「……だからこの結婚話は都合がよかったんです。正直に言えば、私も柊木さんを利用している部分があります」

 真澄はしばらく黙ってから、少し身を乗り出すようにして澪を見つめた。

 「それを話すのは怖くなかったか?」
 「……少しだけ。でも言わなきゃと思いました」

 テーブルの契約書と婚姻届に目を落とす。
 きちんと用意された契約書と真澄の誠実さを目の当たりにして、隠したままでいるほうが怖かった。

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