その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
第一章 契約結婚の提案
◇◇◇◇
蒼林《そうりん》大学病院の正面に立った瞬間、澪はふと足を止めた。
高層の病院棟がそびえ立ち、窓ガラスが朝の光を受けて光るのを見上げる。
「本当に大きな病院……」
蒼林大学病院に仕事で来るのは初めてだった。
今日は本来の担当者である同僚が体調を崩し、急遽代打として白羽の矢が立ったのだ。
(……ここに来るのは何年ぶりだろう)
病院独特の匂い、照明の光量、けたたましく鳴り響くモニターの電子音。そして慌ただしくなるICU内――すべてが、記憶の奥にこびりついている。
(でも、今日はあの日とは違う)
澪は一度小さく息をついて、それからゆっくりと口角を上げる。
「…大丈夫。今日も笑えてる」
首を振って気持ちを切り替えると、関係者用の通用口へと向かった。
「おはようございます。セリスバイオの小野寺と申します。本日分の納品に参りました」
受付で名乗ると、対応していた男性がちらりと澪を見た。
「あれ、新人さん?」
「いえ。担当が体調不良で今日は代理なんです」
「あぁそういうことか、いや初めて見る顔だったからさ。じゃあ搬入経路を説明するね」
「ありがとうございます。助かります」
お礼を言って軽く頭を下げ、澪は病院内へと足を踏み入れた。
小野寺澪は、医薬品流通会社で働く営業職――いわゆるMS。製薬会社から仕入れた医薬品を病院や薬局に販売するのが主な仕事だ。
通路を進むたびに、白く整った壁面や規則的な照明が視界を埋め尽くす。一歩、また一歩と進むたびに心の奥底がかすかにざわつく。
(余計な感情は持ち込まない、私は仕事をしに来たんだから)
特に大病院ともなれば、納品一つにも気を張る。
在庫、使用期限、温度管理、書類の不備――どこかで一つでも漏れれば、信用問題につながる世界だ。
だからこそミスなく真摯に丁寧に、を常に心がけている。
それが今の自分にできること。
言い聞かせるように心の中で繰り返しながら、澪は納品書の束を胸に抱えて教えられた納品窓口を目指した。
蒼林《そうりん》大学病院の正面に立った瞬間、澪はふと足を止めた。
高層の病院棟がそびえ立ち、窓ガラスが朝の光を受けて光るのを見上げる。
「本当に大きな病院……」
蒼林大学病院に仕事で来るのは初めてだった。
今日は本来の担当者である同僚が体調を崩し、急遽代打として白羽の矢が立ったのだ。
(……ここに来るのは何年ぶりだろう)
病院独特の匂い、照明の光量、けたたましく鳴り響くモニターの電子音。そして慌ただしくなるICU内――すべてが、記憶の奥にこびりついている。
(でも、今日はあの日とは違う)
澪は一度小さく息をついて、それからゆっくりと口角を上げる。
「…大丈夫。今日も笑えてる」
首を振って気持ちを切り替えると、関係者用の通用口へと向かった。
「おはようございます。セリスバイオの小野寺と申します。本日分の納品に参りました」
受付で名乗ると、対応していた男性がちらりと澪を見た。
「あれ、新人さん?」
「いえ。担当が体調不良で今日は代理なんです」
「あぁそういうことか、いや初めて見る顔だったからさ。じゃあ搬入経路を説明するね」
「ありがとうございます。助かります」
お礼を言って軽く頭を下げ、澪は病院内へと足を踏み入れた。
小野寺澪は、医薬品流通会社で働く営業職――いわゆるMS。製薬会社から仕入れた医薬品を病院や薬局に販売するのが主な仕事だ。
通路を進むたびに、白く整った壁面や規則的な照明が視界を埋め尽くす。一歩、また一歩と進むたびに心の奥底がかすかにざわつく。
(余計な感情は持ち込まない、私は仕事をしに来たんだから)
特に大病院ともなれば、納品一つにも気を張る。
在庫、使用期限、温度管理、書類の不備――どこかで一つでも漏れれば、信用問題につながる世界だ。
だからこそミスなく真摯に丁寧に、を常に心がけている。
それが今の自分にできること。
言い聞かせるように心の中で繰り返しながら、澪は納品書の束を胸に抱えて教えられた納品窓口を目指した。