その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 ◇◇◇◇

 翌週の土曜日。
 自宅玄関のチャイムが鳴ってドアを開けると、落ち着いたスーツ姿の真澄が立っていた。

 「こんにちは、柊木真澄と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」

 病院での白衣姿とはまた違う、礼儀正しくも穏やかな『外の顔』。丁寧に頭を下げるその姿に、澪は思わずどきりとしてしまった。

 「あら、そんなにかしこまらなくてけっこうですよ。さあ、おあがりくださいな」

 玄関まで出迎えた祖母が、柔らかく微笑んで迎える。廊下を通ってリビングに入ると、真澄が紙袋を差し出した。

 「ご挨拶には和菓子がいいかと思ったのですが、お二人ともケーキがお好きだとうかがったので」
 「まあ、そんなお気遣いを…ありがとうございますね」
 「うわぁこれ有名なお店のケーキ!」
 「こらまだ開けちゃダメ」

 祖母が笑顔で袋を受け取って、ひよりが横からちゃっかりと覗き込む。澪がそれを窘めていると、真澄の視線がリビング奥の和室に向けられた。
 そこには、仏壇とともに、両親の写真が静かに飾られている。

 「手を合わせても?」
 「あ、はいもちろんです。父も母もきっと喜びます」

 真澄は小さく頭を下げて仏壇の前に膝をついた。火をつけた線香の香りの中に、ふわりと二人がいたころの優しい記憶が浮かぶ。

 「実は、母は五年前に蒼林大学病院で亡くなったんです。心臓の病気だったんですけど、すごくお世話になりました」

 振り向いた真澄の目が、驚きで揺れる。
 そして、その整った顔が少しだけ曇った。

 「そうだったのか…」

 真澄は目を伏せて、また仏壇に向き直ると静かに手を合わせた。その後ろ姿を見つめていると、澪の胸の奥にぎゅっと掴まれるような切ない気持ちになる。
 澪が言葉を探していると、先に口を開いたのはひよりだった。

 「面白い人だったよねお母さん。人間笑ってれば何とかなる、とか明るくて前向きでさ」
 「うん、それよく言ってたね」

 ―――今日もひとつ、心から笑えた?

 それが母の口癖だった。
 懐かしむように微笑む澪に、真澄がそっと目を細める。

 「会ってみたかったな、君のお母さんに」

 澪は少しだけ笑って、目線を仏壇に戻した。

 線香の煙が静かにゆらゆらと立ちのぼっていく。
 その揺らぎの先に、どこかで母が笑っているような気がした。

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