その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 真澄の車で区役所へ向かい、窓口でそろって婚姻届を提出する。

 「正式に受理いたしました。おめでとうございます」

 職員がにこやかな表情で印を押す。
 その瞬間を、澪はふわふわとした気分で見つめていた。

 「これで、晴れて君は俺の妻だな」
 「……っ」

 『妻』という言葉に、かぁっと頬が熱くなった。
 真澄は、人を照れさせるようなことを平然と言ってのける人だ。天才と呼ばれる人は、メンタルも思考回路も凡人とは違うのだろうか。あまりにも堂々としているので、恥ずかしがっている自分がおかしいのかと錯覚しそうになる。

 「……なんだかまだ全然実感が湧かないです」
 「そうか。ならもっと実感が湧くようにしないとな」
 「え?」

 真澄は口元にごく小さな笑みを浮かべながら、澪の手を取った。

 「大事なことを一つ忘れてるだろ」
 「だ、大事なこと……?」

 (まだ何かあったっけ?)

 問い返す間もなく、真澄はそのまま澪の手を引いて歩き出した。

 
 ――そして、数十分後。
 到着したのは銀座のメインストリートの一角。

 全面ガラス張りのファサード。その中央に掲げられた高級宝飾店のロゴがその存在をこれでもかと主張している。

 (嘘…ここって……)

 「指輪。まだだっただろ」

 思わず立ち止まる澪の隣りで、真澄が何でもないように言った。

 「え!?ゆ、指輪…!?」
 「当然だろう。周囲にも夫婦として認識される必要がある」

 同時に、真澄の視線が澪の左手薬指をかすめた。ただそれだけの仕草なのに、胸の奥がドキリと跳ねる。

 
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