その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「それじゃあ私、そろそろ寝ますね」
 「あぁ、俺もシャワーを浴びてから寝る」

 澪にあてがわれた部屋は真澄の寝室と隣り同士。リビングから廊下へと出て、澪が部屋へ向かおうとしたとき。

 「澪」

 低く静かな声に呼び止められて、思わず足を止める。

 「はい…?」

 振り返った瞬間、伸ばされた手が前髪に触れる。そして指で優しく払うと、そのまま真澄の唇が額に触れた。

 「な、なっ…今何して……っ!?」

 一瞬すぎて、何が起きたのか分からなかった。

 「少しくらい、夫婦らしくしておいたほうがいいかと思って」

 だからっていきなり予告なくキスする!?
 突然のことに二の句が継げなくて固まる澪を、真澄はどこか楽しげに見つめている。

 「あまりに他人行儀だと、また妹さんに怪しまれるかもしれないぞ」
 「~~っ!おやすみなさい!!」

 耳まで真っ赤にしながら、澪は半ば逃げるように寝室の扉を閉めた。

 (なに今の……!?)

 冷静で感情を挟まない人、という評判は何だったのか。
 あまりに自然に、軽々と――自分たちの間にある境界線を越えてくるなんて、想定外にもほどがある。額に残る熱がじわじわと広がって、心臓はずっと鳴りっぱなしだった。

 ――入籍してまだ二日目なのに、こんなの甘すぎる。

 (夫婦らしくって、そういうこと……?)

 真澄の、知らなかった一面ばかりが押し寄せてくる。

 あんなふうに笑って、
 あんなふうに触れてくるなんて、知らなかった。

 柊木真澄という人が、少しずつ自分の知らない表情を見せてくる。くすぐったくて温かくて――だけど、そのたびに心がふわりと揺れてしまうのが、少しだけ怖くなる。

 この結婚は契約結婚。これ以上感情を持ち込んでは駄目だと思うのに。

 (もう、それもこれもさっきのキスのせい…!)

 今日の疲れも酔いも、すべてどこかへ吹き飛んでしまった。頬を押さえたまま、ベッドに潜り込む。

 けれど、瞼を閉じてもとても眠れそうになかった。

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