その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 驚いて視線を落とすと、その手には力がこもっていた。
 澪は小さく息を飲んだ。震えていた指先が、ぴたりと止まる。

 「ちなみに、この場のやりとりはすべて録音されています」

 仁科がテーブル上のICレコーダーを指しながら、さらりと告げる。

 「今のあなたの発言『親権を求める代わりに金銭を払わないのは、愛情がない証拠だ』という趣旨の発言は、受け取り方によっては名誉毀損にあたる可能性もあります」

 笑みを含んだような声色とは裏腹に、仁科の目は一切笑っていなかった。

 「……本件については、一度持ち帰り、依頼人とも改めて協議させていただきます。先方の感情的な面が先行していた部分もありましたので」

 しばらく沈黙が落ちたあと、相手側の弁護士がゆっくりと口を開いた。言葉はやや曖昧だが、その声には明らかに勢いがなくなっている。
 その様子を見て、仁科が目配せをしながら小声で囁く。

 「一度持ち帰って協議する、っていうのは実質の白旗宣言だよ。これ以上食い下がる気はたぶんない」


 実際に、仁科の指摘はその通りだった。
 話し合いの場の数日後、申し立てや慰謝料請求はすべて取り下げると連絡があった。

< 71 / 127 >

この作品をシェア

pagetop