その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「……よかったな」

 リビングで仁科から届けられた書類を読み終えた澪に、真澄が柔らかく言った。
 いつもと変わらない落ち着いた声。けれど、その目元はどこか安堵していて――その優しさに、胸がきゅうっとなる。

 「はい……本当にありがとうございました」

 そう返しながら、澪は言葉の続きを胸の奥にしまい込む。

 (本当に、この人は夫として守ってくれた)

 「少し、顔色が戻ってきたな」

 真澄の指先が、そっと澪の頬に触れる。
 まるで熱を測るような仕草――けれど、そこにあるのはただの診察ではなくて。

 その指先に込められた優しさに、澪は気づいてしまっていた。

 心臓の鼓動が、跳ねる。
 こんな風に、優しくされるたびに、うまく息ができなくなる。

 (……絶対に駄目なのに)

 契約だと、何度も自分に言い聞かせてきた。
 制度上の形だけの関係。恋じゃないし、感情は必要ない。そう割り切っていたのに――でも。

 「澪?」

 名前を呼ばれただけで、胸が苦しくなるなんて。

 「……いえ、なんでもないです」

 微笑むふりをしながら、そっと視線を逸らす。


 (私――本当に、この人のこと、好きになってしまったんだ)

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