その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています

第六章 光と影のステージ

 ボストン・ローガン空港に降り立ったときから、澪の鼓動はずっと落ち着かなかった。

 夫婦としての国際学会への同伴。
 初めて訪れるボストンの街。
 そして何より、澪自身は真澄への想いを自覚してしまったあとだということ。

 現地では二泊の予定だけれど、果たして自分はこの気持ちを気づかれずに平静を装えるのか。正直自信がなかった。

 空港からホテルまでの移動は、予約されていた専用の車。車窓からボストンの歴史ある街並みを眺めながら、胸の奥がずっとそわそわしていた。

 そして到着したホテルの前で、思わず息をのむ。

 (……ここが、泊まる場所……?)

 荘厳な石造りの建物に、金の縁取りのキャノピーが堂々と掲げられている。回転扉の前にはベルスタッフが控え、品格のある身のこなしで迎えてくれた。中に足を踏み入れた瞬間、圧倒的な光の世界が広がった。

 ロビーラウンジには巨大なシャンデリア。床には大理石のタイルが敷き詰められ、深紅と金を基調にした絨毯がまるで映画のセットのように伸びている。チェアひとつとってもアンティーク調の装飾が施され、クラシカルで気品のある空間。

 (映画とか雑誌でしか見たことない……こういうホテル)

 真澄はそんな澪の動揺に気づいた様子もなく、チェックインカウンターへとまっすぐ進んでいく。

 「Hi, we have a reservation under Hiiragi.」

 流れるような英語でスタッフに話しかける姿に、澪は一歩うしろからついていくのが精一杯だった。

 笑顔を浮かべるスタッフと軽くやりとりを終えると、真澄は澪のほうを向いて自然に言った。まだ現実感が追いつかない。でも、隣りを歩く彼の姿が――こんな煌びやかな場所にまったく違和感なく溶け込んでいることだけは、はっきりしていた。

 (この人と一緒じゃなかったら、私きっとこの扉をくぐることすらできなかった)

 けれど今――そのありえなかった世界に、自分は妻として立っている。
 それが誇らしさよりも戸惑いのほうが大きくて―思わず、胸に手を当てた。

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