その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「……でも」

 遠慮がちに声を返す澪に、ふと彼がちらりと顔を上げる。

 「俺の子守歌がないと寝られないか?」
 「っ……お、おやすみなさい!!」

 顔が一気に熱くなる。恥ずかしさをごまかすようにベッドルームへ逃げ込んで、掛け布団の端を思い切り引き上げた。

 ホテルのキングサイズベッドは、思った以上に広くて、ふかふかで。だけどやっぱり、慣れない空間とそばにいる真澄の気配が気になって仕方ない。

 カタカタ……カタ。

 静かな空間にタイピングの音だけが規則的に響く。
 まるで、小さな楽器がどこかでリズムを刻んでいるみたいだった。

 (……ずっとあんなふうに仕事してるんだ)

 その音を聞いていると、ここがホテルだということも、日本から遠く離れたボストンだということすら忘れてしまいそうになる。

 遠くで響く、カタカタ……という音。
 不思議なことに、その音を聞いているとなんとなく、胸の奥がゆっくりと落ち着いていった。

 (ほんとうに子守歌みたい……)

 いつの間にか、まぶたが重くなっていく。
 ベッドの端で小さく身を丸めたまま、澪はそっと目を閉じた。

 それは確かに、今夜だけの、澪のための子守歌のようだった。
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