その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「あちらには家族向けのラウンジがありますよ。私はちょっと柊木先生と話してきますので」
 「分かりました」

 配偶者向けラウンジのソファ席で、澪はグラスを口に運ぶ。
 広いホワイエの一角にあるラウンジでは海外から同行している配偶者たちが談笑していて、中には澪と同じような日本人女性の姿もちらほら見えて少しほっとする。

 「こちらへどうぞ」

 スタッフの案内で通されたソファ席に腰を下ろすと、ふと隣りから声がかかった。

 「こんにちは。もしかして日本の方?」

 見上げると、澪より少し年上と思われる女性が優しげな笑顔を浮かべていた。首から下げたネームパスには、アメリカと日本の国旗、そして配偶者であることを示す記載が目に入る。

 「はい。夫…がセッションに出るので」

 話しかけてきてくれたその日本人女性は、とても品のある人で、時おりユーモアを交えながらたくさんの話してくれた。

 「私はね、夫の研究をサポートできたらと思って基金を設立したのよ。希少な病気の患者さんの命を少しでも救えるように、各国の症例や情報共有のネットワークも構築していて――」

 誇らしげに堂々として語る声には芯があった。医師の妻として、自分の役割を自覚してそれを実践している姿に、自然と尊敬の気持ちが湧く。そしてふいに、笑顔のままで尋ねられた。

 「ちなみに、あなたは何を?」

 ――一瞬、息が詰まる。

 「えっと…医薬品を取り扱う会社で働いていて……」
 「そうなの、医薬品ってことは創薬の研究?それとも薬剤師さんかしら」
 「いえ……そういうのではなくて」

 『違う』と否定することに、なぜかものすごく自分の中のプライドが削られていく気がした。

 
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