その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「私は……医薬品を、病院に納品する仕事をしています。メーカーから薬を預かって必要な施設に届ける立場です」

 女性は優しく「そうなのね」と微笑んだだけだったけれど――その瞬間、澪の心に、言いようのない苦いものが静かに広がっていった。

 (ずっと、この仕事に誇りを持っていたのに…)

 治療に必要な薬を、必要な人のもとへ。トラブルがあれば誰よりも先に駆けつけて、現場での信頼関係を築いて――

 誇りに思っていた。
 「自分も医療の一部を担っている」と、本気で思っていた。

 けれど。

 世界的な学会の舞台。自分の夫である真澄は天才外科医とまで称される人。
 そして今自分の隣りにいるのは、医師である夫を支えながら活動する慈善事業家。

 心のどこかで、ずっと隠していた自信のなさが嫌でも顔を覗かせる。
 この場に自分がここにいることが、少しだけ申し訳ないことのように思えてしまった。

 (……私があの人の妻でいて――本気で好きになっていい人なのかな……?)

 首から下げたパスを指先で握り直す。
 文字が滲んで見えるのはただの気のせいか、それとも――

 自分の中に芽生え始めた、小さな不安のせいだったのかもしれなかった。

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