その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 発表が終わった後、澪は少しだけ会場の外へと歩いていた。

 ホワイエの喧騒から外れた廊下の奥、装飾もなく静かな場所。窓の向こうにはボストンの街が見え、その景色を眺めるふりをしながら、彼女は壁際に立っていた。
 
 (こんな自分が……隣りにいて、本当にいいのかな)

 さっきの発表が完璧だった分だけ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたようだった。すごい人なのは分かっていたはずなのに、それでも実感として受け止めたのは、今日が初めてだった。

 (だめだ、今はとても笑えないみたい……)

 気がつけば、指先がストラップのパスを無意識にぎゅっと握っている。
 そのときだった。
 
 「――探した」

 低く、けれどよく通る声。
 驚いて振り返ると、そこには真澄が立っていた。

 スーツのジャケットを羽織ったままの姿。さっきまで壇上にいたとは思えないほど、自然にその場に馴染んでいる。

 「どうした、少し疲れたか?」

 真澄が静かに言葉をかける。目の奥に、わずかに心配の色が見えた。

 「いえ……なんでもないです」

 そう言ったつもりだったのに、声がうまく出なかった。自分でも気づかないほど、喉の奥が詰まっていたのかもしれない。

 真澄は一歩、近づいてきた。

 「でも、少し顔色が悪い。唇も白いし目も充血してる」

 静かな声なのにやけに優しくて。
 だからこそ、どうしようもなく逃げたくなった。

 「ほっといてください……っ」

 思わず叫んでしまった自分に、自分で驚いた。

 
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