その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています

第七章 ボストンの夜

 ホテルの部屋に戻った頃には、もう深夜に近かった。

 カーテン越しに見えるボストンの街並みは、ビル群の灯りがきらめく、宝石箱のような光景だった。

 部屋の照明も落とされ、柔らかなランプの灯りが一室を優しく照らしていた。

 澪と真澄はソファに並んで腰掛ける。

 「……ガラディナー、想像していたよりずっと豪華でした」
 「あぁ、俺も初参加のときは驚いた」

 広い会場内はシャンデリアと照明で煌びやかだった。
 クラシック音楽の生演奏の中での豪華な食事、昼間の学会発表の時とは違ってドレスアップをした参加者たち。
 あの会場の空気を思い出しながら、まだどこか夢の中のようだったなと思う。

 ソファの隅で背もたれに寄りかかりながら、澪はふっと息を吐く。

 パートナーテーブルでの、夫人たちの凛とした立ち居振る舞い。目を合わせるだけで通じ合うような、知的で余裕のある微笑みを思い出す。

 (私なんかが、ここにいていいのかなってずっと怖かった)

 それでも、隣りで真澄が「大丈夫」と言ってくれた。
 乾杯のタイミングに迷ったときも、同時に話しかけられて慌ててしまったときも――そっと助け舟を出すように、絶妙なタイミングで声をかけてくれた。

 「……怒鳴ったりしてすみませんでした」
 「まぁ怒鳴られた記憶より、泣かせた記憶のほうが強いけどな」

 くすりと笑うその声に、澪もつられて小さく笑った。

 「でも、正直少し嬉しかった。初めて素が見られた気がして」

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