その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「な、なんですか?」
 「いや。今日は時差ボケもまだあるだろうし、無理しないようにな。定時で帰るように」
 「過保護すぎません……?」
 「妻の体調を気遣うのは当然だろ」

 (……なんか、やっぱり優しい)

 いや、前から優しかった。
 でも、それとは何かが違う。

 ボストンで心と体を重ねた夜。
 あの日を境に、真澄の距離感はさらに一段階、確実に近づいた。

 触れられる体温も、向けられる視線も。言葉の端々に滲む気遣いも――どれも、ほんの少し前より、近くて、深くて、あたたかい。

 「……英会話、習おうかな」

 真澄が少しだけ目を見開いて、次の瞬間――ふっと笑った。

 「やっぱりうまく話せなかったの、ちょっと悔しくて」

 膝の上で指を絡めながら、澪は少しだけ顔を赤らめた。

 「もしまた連れていってもらえる機会があるなら……少しくらい、話せるようになってたいなって。あの場で、堂々としてた真澄さん見てたら……ちょっとだけ、隣に立てる人になりたいって思ったんです」

 それを聞いて、真澄は目を細めた。

 「習いに行かなくても、俺が教えてやるけど?」
 「……えっ」

 少し遅れて、返ってきたその言葉に、澪は目をぱちぱちと瞬かせた。

 「それは……遠慮しておきます」
 「なんでだ?」
 「……恥ずかしいですし。あと、なんか……真澄さんめちゃくちゃスパルタそう」
 「心外だな。ちゃんと優しく教える」
 「発音とか厳しそう。一音ごとにチェックしてきそう,LとRの違いとか」
 「……否定はしない」 

 くすっと笑う彼の表情に、澪は思わず口をへの字に曲げた。

 「うわぁ~~絶対いや~~!」

 そう言ってぷいっとそっぽを向いた澪に、真澄は楽しげに笑う。

 気がつけば、ほんの少し前まで自信を失っていたことさえ、こうして笑い合える思い出に変わりはじめている。心のどこかで、不安よりも「もう少し、この人の隣にいたい」という気持ちのほうが、少しだけ強くなっていた。
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