その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 食器を片づけた真澄が、ソファに置いていたジャケットを手に取る。

 「俺は先に出るけど、澪はもう少しゆっくりしてろ」

  シャツのボタンを留めながら、ネクタイを手にした真澄が、ふとこちらを振り返った。

 「ネクタイ、してくれる?」
 「……はい」

 自然に答えて、立ち上がる。もう、すっかりいつものことになっていた。最初は、結び目が妙に曲がったり、きつすぎたり、ゆるすぎたり――自分でも情けなくなるくらい不格好で。

 (でも、最近は……)

 真澄の前に立ち、手元に視線を落としてスッとネクタイを通す。シャツの中心と結び目のバランスを確認しながら、指先の感覚だけで、すっと形を整えていく。キュッと最後に持ち上げて、軽く整えると、真澄がふっと口角を上げた。

 「上手くなったな」

 ネクタイの結び目を指で軽くトントン、と触れて整える真澄の指先が妙に優しくて――そのまま、頬も触れられそうで、思わず目を逸らしてしまう。

 「動画で検索して、勉強したので」
 「澪って、意外と負けず嫌いだよな」 
 「……もう!早く行ってください、遅刻しますよ!?」

 澪が口をとがらせると、ふわっとした笑みを残して、真澄が一歩こちらへと近づく。

 「っ――」

 唇が、柔らかく重なる。
 言葉も、息も、思考すらも止まった。ただ、心臓だけが――ものすごい勢いで跳ねていた。

 「じゃあ、行ってくる」

 何事もなかったように軽く手を振って、真澄は玄関へと向かっていく。

 (……ちょ、ちょっと待って…えっ、なに、普通に今のキス……っ)

 頬に残った温度が、じわじわと広がっていく。
 
 甘くて優しい、この朝の空気が心地よくて、まだ夢の中みたいだった。
< 94 / 127 >

この作品をシェア

pagetop