恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第二章
第一話
朝、六時五十二分。
三人を降ろしたローカル線の列車が、ホッとした感じで駅から離れていく。
周囲の木々では、セミが大合唱をしていたけれど。
「おはよう!」
高尾響子のよく通る声に、セミたちが驚いて鳴くのをやめて。
同時に僕たちも、誰もあいさつを返せずに固まった。
「……みんな、どうかした?」
引き続き僕たちの目は、点になったままで。
代わりにセミたちのほうが、再びにぎやかに騒ぎ出す。
三藤月子が、僕の服の袖に少し触れて。あなたが聞きなさいと催促する。
「あ、あの。先生、その格好は……」
「ん? どうかした? 伝えたじゃない。わたし、『神社の娘』だけど?」
いや、聞きたいのは『所属』じゃない。
「なに先生! めちゃくちゃかわい〜」
赤根玲香と高嶺由衣の発想は、どうやらまた僕とは違うようで。
「まさか『巫女姿』のまま、駅までくるなんて……」
三藤先輩の常識レベルは、間違いなく僕と同じで。
「さすが、響子先生だよねぇ〜」
春香陽子のそれも。比較的僕たちの側……だと思う。
「海原君、細かいこといわないの。すぐそばなんだから、別にいいでしょ?」
先生、距離の問題じゃないんです。巫女姿で、駅にいるんですよ?
「うーん。でも、かわいいからいっか!」
えっ、春香先輩って?
こっち側の人間じゃなかったんですか……。
「なんだか、この先が思いやられるわ……」
隣の三藤先輩の嘆きに、僕は同感です……。
しかし、駅のすぐ近くに。
そこそこ大きな神社があるのは知っていたけれど。
まさか、ここが高尾先生の実家だったとは。
そして……確かに。
先生が駅で『巫女姿』だったことなど、些細なことでしかなかった。
「レオ、ゴマちゃん。ただいま!」
「へ?」
「海原君、どうかした?」
あぁ。石像だけど、ペットの感覚なんですね……。
高尾先生が鳥居の横の狛犬たちに、ニコニコしながら手を振っている。
「ちゃんと名前があるんだねー」
春香先輩が、変なところに感心して。
「しかもかわいい〜」
高嶺、狛犬だぞ。石だぞ、食べられないぞ!
「ゴマちゃ〜ん」
石像に手を振れる、玲香ちゃんの適応力が高いのはいいとして。
「レオさん、お世話になります」
三藤先輩が丁寧にお辞儀してますけど……。なんだか律儀すぎませんか?
「まだまだいるから、紹介するね!」
そうやって笑顔だった、高尾先生が。
今度は突然、真顔になってスッと背を伸ばし。
優雅に一礼してから、鳥居をくぐる。
その姿は、先ほどまでとは一転して。
巫女らしい、いや美しくて。
……僕は思わず、立ち止まってしまった。
「あのね、海原君?」
「は、はい」
「学生時代に、年配の人にお辞儀でほめられてね……」
先生が少し、昔を懐かしむような目でゴマちゃんを見上げる。
なんだろう、ほめられて人生が変わったのか?
「店長だったから。カフェのバイトの時給、あげてもらっちゃった!」
……ま、真面目に聞いて損したー!
鳥居で一礼し、長い参道を歩き出すと。
左右の至る所に、砂利の山が築かれている。
「なにかの工事でもするんですか?」
「丁度入れ替え時期でねぇ。助かったわ、海原君」
「へっ?」
「まずはこれが、君のタスクってこと!」
藤峰先生ばりの、無駄なウインクをされても。
僕の魂は、既に真夏の空へと消えてしまって。……すぐには反応できない。
「うわっ。先生結構多くない?」
玲香ちゃん、いいこといってくれてありがとう。
ね! 多いですよね、先生?
「そりゃぁいつもは、造園屋さんがショベルカーとか使ってやるからねー。あ、でも安心して。ちゃんとスコップは用意してあるから頑張ってね!」
……静かに、回れ右をして。
足音を立てず消えようとした僕の袖を、誰かがぐっとつかむ。
「部活のためだよね、海原部長?」
春香先輩が、容赦ない。
「海原くん。これはあなたへの試練よ」
さり気なく春香先輩の手を離させながら、三藤先輩が僕の目をじっと見る。
も、もしかしてまだ……。朝のこと、根に持っていませんか?
「ま、いい運動でしょ」
高嶺が、自分の担当じゃないからと偉そうなことをいっている。
「あ、あとで鳥居の周りとかにも。何台かダンプカーで追加の砂利入れてくれるらしいから、よろしくね!」
……いまからでも、レオとゴマちゃんにきちんとご挨拶したら。
なにかから、解放されたりするのだろうか?
僕は、そんなことを考えながら。
やたらと長い参道を、最後尾でトボトボと歩いていた。
「……まずは社務所に、荷物とか置こっか!」
本殿の近くまできて。既に廃人と化している、僕以外は。
初めて入る世界に、目をキラキラさせている。
「ただいまー!」
いつも以上に、透き通った声で高尾先生がいうと。
なんというか、高尾先生とよく似た顔立ちの年配の女性が。これまた先生と同じ笑顔でふわりと現れる。
「あら、みなさんいらっしゃい!」
僕たちが、自己紹介を終えると。
「本当は響子の父が、宮司なんですけどねぇ。昨日寄り合いで、鯱鉾みたいに飲み過ぎましてねぇ。まだ寝たままなのよ……ごめんなさいねぇ」
高尾母が、宮司の名誉や威厳なんてこの世に存在しないみたいなことを。
初対面の高校生たちに平気で披露する。
「鯱鉾って、お酒飲めるんだ……」
「ちょっと、かわいいね」
いったい誰だよ、いま会話してるのは!
泳ぐパンダみたいなのとは別の、想像上の動物ですよ!
「それじゃぁ、あとは響子よろしくね。みなさん、本当にありがとう」
なんだか高尾母が、相当うれしそうだけれど。
ただの手伝いのはずなのに。なんなんだろう、この違和感。
「お母さんいってらっしゃい、お土産よろしくねー!」
けさから、既に何度も目が点になっている気がするけれど。
あの、先生……?
「あぁ、母はきょうから『みんなと』旅行にいくのよ」
「へっ?」
「は?」
「まさか?」
「ということはもしかして……」
「え? 海ですか、山ですか?」
誰だよ、最後にまた変なこといったのは!
「いやぁ。みんなのおかげで親孝行というか、神社孝行できてうれしいねぇ〜」
「あの……響子先生。もう少し詳しくお聞かせ願えませんでしょうか?」
異変を察知した三藤先輩が、グイグイ迫る。
そうです、お願いしますよ先輩!
……なるほど。
決して、納得したわけではなく。
そういうことなんだ、というのはよーくわかった。
「きょうから一週間、この神社は『わたしたちのもの』なんですね!」
玲香ちゃん、それはちょっと違う……。
「神社貸切だよ! アンタも喜びなよ!」
高嶺、やっぱりそれも違う。
「一週間も、この神社に幽閉されるようなものね……」
「でも、月子。ちょっと楽しそうじゃない? 神社だよ、神社!」
春香先輩が前向きなのはわかりましたけれど……。
いわせていただきますが、僕たちはまんまと。
神社の維持・管理を……。
丸々一週間、押し付けられたのだ!