恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第二話


「これ、かわいい!」
陽子(ようこ)ちゃんすてき〜」
玲香(れいか)ちゃんも似合ってるよ〜。で、月子(つきこ)。本当によかったの?」
「……『制服のコスプレ』は、わたしの趣味ではないわ」
「ねぇ、ついでにアンタも着たら?」
「……なんで僕が巫女にならないといけないんだ、絶対嫌だぞ」

 朝、七時半より少し前。
 社務所の中では。
 着替えを終えた巫女姿が三名と、ジャージ姿の二名。
 加えてそれらを支配下に置いて鼻息荒い、巫女の大将若干一名が再び揃う。

 どうやら、普段この神社で働いている人たちすべてが。
 きょうから慰安旅行に、出るらしい。
「まぁ、中には一泊で帰って。あとは家でのんびりする人もいるみたいだけどね」
 あの、高尾(たかお)先生……。
 そういう部分の説明は、不要なんで。
 要するにみんなでお休みをとって、代わりに僕達が働かされるんですよね?

「だって、もうすぐわたしが引っ越すでしょ?」
 そうですね。僕たちの学校に職場が変わるから、引っ越すんですね。
「その前にお世話になった恩返しがしたいなって、思ってたのよ〜」
 でもそれ、僕たちに関係ありますか?
「……部費のためだよ、海原(うなはら)部長」
 ご機嫌の春香(はるか)先輩が、耳元でささやく。
「そうそう、働こう働こう!」
 なにその嘘くさい、前向き発言。
 ……絶対に高嶺(たかね)は、巫女のコスプレで喜んでいるだけだろう。

「……いつまでもいっていても、仕方ないわ。とりあえず始めるわよ」
 いつだって、三藤先輩は正しい。
 でも、なにをすれば?
「だからアンタは、砂利専門でしょ」
 高嶺……。
 もし僕がその巫女のコスプレしたら……。代わってくれるのか?


「いい? 放送部は体力も重要よ! 神社の仕事ってね、意外ときついから。みんなにはいい練習になるわ。じゃぁ海原君は砂利係! で巫女の子は、ひとりは授与所でお守りとかの販売係。ひとりは本殿からスタートして建物内の掃除。もうひとりは境内の掃除をしてちょうだい!」
 なんか、大将がいままでにないほどワクワクしている。
「神社は清浄な場所なの。だから掃除が行き届いてなんてあり得ないから! みんなで魂込めて、絶対力を抜かないんだよ!」
 訂正、この大将。実はコワイかも……。

「あの、わたしは……?」
 巫女にならなかった、ジャージ姿の三藤(みふじ)先輩が質問する。
 あぁ、せっかくなら。先輩の巫女姿も見たかったなぁ……。
 突然! 背中にピシャリと縦に激痛が走る。
 うおっ! なにいまの?
「神社で妄想禁止!」
 先生? なんですかその手に持ってるものは……。
警策(きょうさく)っていうんだけど。この棒、知ってる?」
 一応、呼び名は知ってますけどね。
「えっ、なんでアンタが知ってるの?」
 高嶺、ついこないだの漢字テストでなぜか出ただろう……。あの、実家が寺だとかいう、現代文の先生だよ。
「えっと、あのカラオケの先生?」
 まぁ、檀家の前で歌うから結構うまいらしいけど……。そんな余分な情報よりさぁ、漢字を覚えろよ……。

「でも、響子先生。それってお寺で、坐禅のときに使うんですよね?」
 玲香ちゃん、そうだよね!
 ここ、神社だもんね。おかしいよね!
「え〜、いいじゃない。便利なんだから〜」
 ……ダメだ。
 やっぱり高尾先生って。
 こ、根本的に間違っている気がする……。

「もう、そんなのは気にしない! 月子ちゃんには、最重要任務があるんだから」
 え? まさかいきなり。『秘仏磨き』とかですか?
「海原くん、それもお寺よ……」
 三藤先輩、口にしてませんけど、僕! 珍しく間違えただけです!
「うーん。夜中に肝試しがてら、本殿の奥とか裏の倉庫で探してみる?」
 高尾先生!
 ここって神社ですよね! 肝試し不要! 秘仏なくていいんで!

「それで先生。最重要任務とはなんですか?」
「月子ちゃんお願い! みんなのご飯作って!」
 ……って、それかい!
「……わ、わかりました」
 ん?
 一瞬、返事をいい淀んだ三藤先輩が。僕のほうを見た気がしたけれど。
 気のせいだったかな?


「はい、じゃぁわたしはあちこちフォローに入るからね! あと八時には、ちょっと小うるさい(はら)さんが犬連れてお参りにくるから……」
 先生。誰ですか、原さんって?
 神社って、小うるさい常連客とかがいるんですか?
「……だからそれまでに。なとなく見た目だけでいいから、きれいにしてね」
 あのー、さっきは……。
 魂込めて掃除しろとかいっていませんでしたか……?



 スーパーの開店まで、時間があるということで。
 ジャージを着た三藤先輩は、巫女姿の玲香ちゃんと。
 手水舎(ちょうずや)の周りの、掃除に向かう。
 授与所では、高嶺がお守りをキャーキャーいいながら並べている。
 頼むから、ちゃんと値段とか覚えておけよ!
 で、我らが巫女の大将は……。一瞬目を離したすきに消えてしまった。
 トイレとかかな? まったく、自由でのんきなもんだ……。


 僕は、教えられた倉庫からショベルと一輪車を出し。
 参道に向かって、本殿の脇を通ろうとしたのだけれど……。
 なぜだか春香先輩が腰をかがめて、警戒しながら前進している。

「どうかしましたか?」
 そのようすをみて、少し離れたところから小さく声をかけると。
 先輩が短い声を出したあと、僕に駆け寄ってくる。
「よかった〜。怖かったの〜」
 先輩が、両手で僕のジャージの両袖をグッとつかむ。
 以前よりは少し距離があるけれど。
 それでもほのかに、いつものやさしいブーケの香りがする。
「ご、ごめん!」
 慌てて手を離した先輩が、顔を赤めながら僕を見る。
 なんだか春香先輩の距離の取り方って、いつも不思議なんだよな……。

「あの角の向こうからね、変な音と声が聞こえるの……」
 真夏の朝から、不審者?
 お化けにしては時間が早いし、だいたい神社だもんな、ここ。

 先輩を、放っておくわけにもいかず。
 ふたりでゆっくり、音を立てずに前に進む。
 ……確かに。
 鈍い音がして、なにかを叩く音や。人間のうめき声のようなものも聞こえる。
「警察呼ぶ? それとも由衣(ゆい)ちゃん?」
 春香先輩、怖いのはわかりますけど。
 さすがに選択肢が間違ってませんか、それ……。
「動物とかかもしれませんし、まずは確認しましょう。で、とりあえず……」
 僕は、少しは武器になりそうな竹のほうきを逆さに持つ。
 ショベルだと、少しやり過ぎな気がしたのと。
 もし相手が、噂の原さんだったら。
 高尾先生に、ものすごく怒られそうな気がしたからだ。
「少し離れていてください」
「それは嫌。近くがいい」
「……いやでも、もし危険なことだったら」
「そのときは、ふたり一緒」

 ……いったい、春香先輩の真剣な瞳の奥には。
 あのとき、どんな意志が存在していたのだろう?
 言葉の意味までは、深く考えずに。
 ここでいい争っても仕方がないと思った僕は、軽く頷いて了解すると。
「でも僕が逃げてといったら、全力で逃げてくださいよ」
「わかった、すぐに大声で助けを呼んでくる」
 そんな会話を交わして、じわじわと進んでいく。

 相変わらず、不規則になにかを叩く音と。
 微妙に苦しそうな声が、徐々に大きく聞こえてくる。
 もう、迷っていても仕方がない。
 背中に、春香先輩の両手の熱を感じながら。
 僕たちは、一気に角を曲がり。その光景を見て……。

 闘う必要も、警察を呼ぶことも。
 春香先輩が、叫ぶこともなかった。


 ……白い背中と、緋色(ひいろ)(はかま)が。
 賽銭箱(さいせんばこ)の上で、まるで浮いている。
 あれじゃほとんど、泥棒だ……。

「どした? そんなに笑ってるけど、なんかあった?」
「だって、春香先輩が変な音がするってすっごく怖がってて」
「ちょっと、海原君だって緊張してたでしょ!」

 本殿の前では、昨日のお賽銭を集め忘れていた高尾先生が。
 無理やり賽銭箱に、手を突っ込んで苦しんでいたのだ。
「ちゃんと、『とりもち』だって準備したんだから!」
 昨日高尾母にいわれていたのに、忘れていたとバレないようにとか。
 紙幣が入っていたので、早く取りたかったとか。
 途中で腕がつって、うめいていたとか。
 すべてが、子供みたいないいわけのオンパレードで。
 聞いている僕たちは、涙が出るほど笑ってしまった。

「ほかの子たちには、しゃべったらダメだよ!」
 さすがに恥ずかしくなったらしく、高尾先生が顔を赤くしながら訴える。
「でもどのみち、すぐ自分からいい出しそうですけどね……」
「ちょっと、ちゃんと秘密にするって約束してよ!」
 そういって、三人でもう一度笑い出して。

 ……きっと、この日の朝は。
 もし神様が寝坊していたら、大迷惑だっただろう。

 ……いや、そうではなくて。
 
 高尾先生の家の神社だから。


 笑い声は、かえって大歓迎な気がした。


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