恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第四話


 ……朝から、誰もこない。
 ……おまけに、暑い。

「暇すぎる……」
 背中のすぐうしろに、扇風機をあてながら。
 わたしは、授与所の中で思わずつぶやいた。

 適切な言葉かはわからないけれど、『店開き』してから一時間。
 わたしの前には、誰もこない。
 ……正確には。
由衣(ゆい)ちゃん!」
 わたしの名前を呼びながら、いきなり響子(きょうこ)先生が飛び込んできて。
「ない!」
「どこなの?」
「なんでここに!」
 そのあとも、なんだかひとりでいっぱい叫んでから。
 またどこかに消えていった。

「巫女姿のままあれだけ走り回れるって、すごいよね……」
 わたしは同じ独り言を、三回は繰り返して。
「誰かお客さん、きてくれないかな……」
 それでもなんの変化もない、『店番』を続けている。

 そういえば。小うるさい犬連れの(はら)さん、とかいう人もこなかった。
 やや離れた本殿の中から、時折なにか物音が聞こえくるので。
 陽子(ようこ)先輩が掃除をしているのはわかるけど。
 あとはにぎやかな蝉の鳴き声と、背中の扇風機の音しか聞こえなくて。
 話し相手が、いないんだよねぇ……。


 あぁ、玲香(れいか)先輩も、月子(つきこ)先輩もどこにいるのかな?
 あと、海原(うなはら)は……。
 ちゃんと砂利敷きしてるかな?
 暑過ぎて、バテてないかな?

 ……わたしはふと、海原について考える。
 そういえば最近、みんなではよくしゃべるけど。
 アイツとふたりだけで話すことが、ほとんどなくなった。
 いやいや、だからなに?
 別にわたしはアイツの保護者みたいなものだから、別にそれで構わないはず。
 きっと暑いから、暇だから。
 変なことを、気にしただけだ。

 わたしは、朝から誰も触っていないお守りを並べ直しながら。
 自分の心を落ち着けようとする。
 ただ、ふと。
 苺色(いちごいろ)の布地に、金色で書かれた文字を見て。
 なぜか勝手に、自分の手が止まった。


 ……『縁結び』。
 その文字が、目について。
 なんだろう?
 少しだけ、胸の中がざわざわする。

 このお守りは、いったい誰のためにあるの?
 いやいや、一般的な話しじゃなくて。
 わたしがもし、手にした場合は。
 どうやって使えばいいのだろう?

 あるいは、月子先輩だとしたら?

 ……わたしは、その先をなぜか考えたくなかった。

 それだけではない。

 陽子先輩なら?
 美也先輩は?
 玲香先輩だと?
 ……なぜだろう、誰のことも考えたくない気がしてくる。

 女の子って、『縁結び』の話題とか。すっごく盛り上がれそうなのに。 
 なのに、なぜかこの部活では。
 この話題『だけ』は。

 ……みんなで一緒に、楽しめなさそうな気がする。


「……由衣さん、万引きは犯罪よ」
「えっ!」
 驚きすぎて、お守りを落としてしまった。
「売り物を落とすのは、感心しないわね……」
 月子先輩が、お守りを何気なく拾ってくれて。
 思わず表情を観察してしまったが、特に変化はなさそうだ。

「……まったく、いくら暇でも気をつけなさい」
 先輩はそれだけいうと、くるりと向きを変えて。
 いつもと変わらない歩幅で、本殿へと歩き出した。



 ……暇そうにしていたから、声をかけたのだけれど。
 タイミングが悪かった、ふとそんな気がした。

 あの子が落として、わたしが拾ったお守り。
 そこに書かれていた、『縁結び』の文字。
 あの子はどうして、そんなものを手に取っていたのだろう?
 わたしは、努めて冷静に振る舞ったはずだ。動揺は、見せなかったつもり。
 でも、わたしはなぜか。
 ……見てはいけないものを、見てしまった気がする。

 お守りに記された、言葉の意味と。あの子の気持ちを、つないでみたい?
 いいえ、わたしはやろうとは思わない。
 確実性のあるなにかを、知っているからではない。
 純粋に、正直に。
 なにも、知りたくないだけだ。

 自分の心の中に、波が立った気がしたけれど。
 いまは波の大きさを……考えるのはやめておこう。


 神社は、とても静かで落ち着く所だと思っていたのに。
 まさかお守りひとつで、こんなにザワついてしまうとは思わなかった。
 気持ちを、鎮めたい。
 ……いや、少し違うかもしれない。
 気持ちを、整えたい。


 わたしはいったい、どうしたいのだろう?

 海原くんへの気持ちは、一般的に『初恋』と呼ばれるものらしい。
 彼に見つけてもらえて、思い出してもらえて。

 ……でも、それは。
 初恋のいったいどんな『形』を指すのだろう?

 初恋は、これで終わりなの?
 初恋が成就した、そういえばいいの?
 それとも初恋が、ようやく始まるの?

 いまの関係をどのように解釈するのが、わたしの望みなんだろう?
 そしてそれは、海原くんにとって。
 いったい、どんな意味があるのだろう?


 ……なぜか、わたしの頭の中に。
 由衣さん以外の誰かの顔が、浮かんできた。

 でもそれが『あの人』なのは、どうしてなの?

 あぁ、わからない
 わたしには、わからないことが多過ぎる……。


 ……ふと、気がつくと。
 小ぶりなお(やしろ)が、目にはいる。

 まるで呼び寄せられるように、わたしは小さな鳥居をくぐる。
 なぜだか、わからないけれど。
 わたしは、このお社が。
 とても心の落ち着くところだと思えた。


「……ふむふむ。そのお社が、お嬢ちゃんを呼んだのかね?」
 その声に驚いて振り返ると。
 芝犬を連れた、少しきつねに似た顔のお婆さんが立っている。
「原さん、ですか?」
「いかにも」
 原さんはそう満足げに、答えると。
「邪魔はせんよ」
 それだけいって、そのまま本殿のほうにゆっくりと向かっていく。

 しまった!
 どんなお社なのかを、聞き忘れた。
 でも、あれ?
 原さんを追いかけたいのに、なぜか足が動かない。
 体が、動かない。
 それに、なんだか頭が……。


 ……すると。
 原さんとは反対の方角から、わたしを呼ぶ声が聞こえた気がして。

 そうだよね、こういうときに。

 不思議と現れるのは……。


 きっと……。


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