恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第五話
……木陰が多いとはいえ、暑い!
少し建物の影で、休もうとしたところ。
バケツの水を捨てにきた彼女と、バッタリ出会った。
「陽子ちゃん、暇だねぇ……」
「玲香ちゃん、わたしは結構忙しいんだけど? もしかして、サボってない?」
「ないない! ちゃんとこの辺は掃除した!」
「本当かなぁ……?」
言葉とは裏腹に、陽子ちゃんは笑顔でわたしを見る。
「……建物の中も大変だよねぇ〜」
「外も広いよねぇ〜」
「なんでわたしたち、こんなことしてるんだろうねぇ……」
思わず、最後に同じことを口にしたので。
……思わずふたりで、顔を見合わせてしまう。
陽子ちゃんは昨夜遅くに、わたしの家にやってきた。
彼女とよく似たお母さんが、丁寧な挨拶をママとわたしにする。
「玲香さん、陽子をよろしくお願いします。わがままな子だから、面倒になったら遠慮なく叱ってくださいね」
……もし、陽子ちゃんがわがままだとしたら。
きっとわたしなんて、どうしようもないくらい絶望的な子になってしまう。
ママは、そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか。
陽子ちゃんに限ってありえませんよ、みたいなことを笑いながら答えていた。
車が見えなくなるまで、見送ったあとで。
彼女をわたしの部屋へと、案内する。
靴を揃えるのとか、階段を静かにのぼるのとか、そんなときにいちいちママが。
「玲香と違ってえらいわねぇ〜」
そうほめて回ってくる。
「お布団、寒くないかな?」
「……ママ、いま夏だよ?」
「ねぇ、玲香の隠してあるぬいぐるみとか、出さなくていいの?」
「そんなの、いわなくていいから!」
「お風呂のシャンプーとか、玲香ので平気?」
「もう! あとはわたしにまかせて〜!」
ママが、ハイテンションなのは少しわかる。
一人っ子だし、いままで友達が泊まりにくるとか。
そもそも、遊びにきてくれたことだって……。
ふと、昴君のことが頭によぎって。
いやいや、今夜の主賓は陽子ちゃんなんだと。
昴君には、頭の中でだけど退出してもらう。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。そろそろお風呂かなって」
わたしがそういうと、陽子ちゃんがカバンを開いて。
きれいに折り畳まれた着替えを準備し始める。
……そう、まずは。
きちんと陽子ちゃんと。
仲良くなるんだから!
陽子ちゃんを、お風呂に案内すると。
ものすごい種類の入浴剤や小さなシャンプーのボトルなどがカゴに入っている。
「なんか、ママが張り切っててゴメンね……」
「ううん、大切にされてる気がしてうれしい」
「お風呂上がりのハーブティーも、なんかいっぱい用意してた……」
「そうなの! あとで一緒に飲もうね!」
夕方に冷蔵庫の中を見たときは、どうかと思ったけれど。
この笑顔のために、ママは頑張ったのかなと思うと。
別の日に、ちょっとだけおしゃべりに参加させてあげようとわたしは思った。
「……五種類もあるなんて思わなかった! でも、よく冷えてておいしかったね」
「全部試させちゃって、ゴメンね」
「平気、わたし大好きだから!」
そんなことを話しながら、わたしたちはベッドと布団に横になる。
「きょうからしばらく、よろしくね」
「こちらこそ、月子ちゃんから横取りしてごめんね」
わたしは気になっていたことを、彼女に伝える。
「どうして?」
「だって親友でしょ? なんか悪かったかなぁ、って思ってね……」
……陽子ちゃんが、どこに泊まるのか。
月子ちゃんと由衣ちゃんを交えて、四人で話し合った。
「昴君の家がよければ、遠慮なくそういっていいよ!」
冗談で、わたしがそういったとき。
彼女は、びっくりするほど両手を左右に振りながら。
「そんなのないない!」
真っ赤な顔で否定した。
……まぁ、その件についてはおいおい聞くとして。
あのとき、月子ちゃんは。
意外と粘らず、陽子ちゃんが好きに決めればよいといった。
「そういう、親友ですから余裕だわーみたいなのって」
由衣ちゃんは。
「なーんか月子先輩がやると、嫌味なんですよねー」
遠慮なく、わざと聞こえるようにそんなことをいう。
「本人の前で、本当のこといい切っちゃう由衣ちゃんも。なかなか強烈だよー」
陽子ちゃんが、フォローにならないフォローをする。
それを聞いた月子ちゃんは、さりげなく長い髪を一度はらうと。
「そこのふたり。さりげなくわたしに。随分と失礼なこといってないかしら?」
余裕たっぷりに、大物感を漂わせていた。
……そう。
そんな三人のやり取りを見ていて。
わたしも、そんなふうに。一分でも早く、遠慮なく話せる仲間になりたくて。
こうしてわたしの家に、陽子ちゃんにきてもらうことにした。
「陽子ちゃんと仲良くなりたかったから。きてくれてありがとう」
これは、偽らざる気持ちで。
「わたしも同じだよ、玲香ちゃん」
その返事にも、一点の曇りもなかったから……。
わたしは、あらかじめ用意していた言葉を発しなくてよかったと。
本当にそんな気遣いは不要なんだと、確信した。
……もうすぐ、会えなくなるのに。
月子ちゃんとの時間を奪ってしまって、ごめんなさい。
そう。
そんな考えは、間違いだ。
一緒に過ごす時間を奪うとか、奪われたなんて誰も思わない。
わしたち、みんなは。
一緒にいられる時間をどれだけ大切にできるかが、大事なんだ。
……そんなことを、思い出しているうちに。
どうやらまた、外の気温が一度上がった気がする。
「玲香ちゃん、どうかした?」
「ううん。ほんと、真夏は暑いよね〜」
「暑くない夏なんて、夏じゃないよ」
「いやだ〜、たまには雪が降ってもいいのに〜」
そうやって、ふたりで他愛のないおしゃべりをしていたら。
「こらー! そこのふたり、サボらない!」
いきなり、響子先生の声が向こうのほうから飛んできた。
なんかかわいい巫女姿のくせに、思いっきり先生モードだ。
「見つかっちゃった!」
「見つかったね!」
わたしたちはまた、同じことを口にすると。
もう一度、ふたりで顔を見合わせて。
今度は揃って、笑ってしまった。
「もう、笑ってないで。お仕置きの時間よ〜!」
そういいながら、巫女の大将が笑顔で近づいてくる。
響子先生。
わたしいま、本当に楽しいよ。
……だから、神社で叫ばせて。
「陽子ちゃん!」
「えっ、なに?」
驚く『親友』に短く。
「わたし、逃げるから」
笑顔で、そう告げると。
わたしは、ほうきを持って走り出す。
数秒遅れて、うしろからふたつの声が追いかけてくる。
「こらー、逃げるなー!」
「玲香ちゃ〜ん、ずるい〜!」
……もっと、もっとわたしを追いかけて。
……ずっと、ずっと仲良く過ごそうね。
高校を変えたのは、大正解。
みんなに、出会えて大正解。
まだまだ、かなえたいことがあるけれど。
まずはこのときをしっかり楽しもうと思って、わたしは。
「待ちませーん!」
大きな声で、神社で叫んでから。
「みんな、ありがと〜!」
とってもありきたりで。
でもわたしにとっては、特別な言葉を。
もっと大きな声で、叫んで走り続けた。