恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第十一話
「おはようございます!」
「おはよ〜! 由衣ちゃん」
「お、おはよう。由衣さん」
……いつもと違って、月子ちゃんのあいさつがぎこちない。
「ふ〜ん」
「な、なによ?」
「いいえ〜」
今朝の由衣ちゃんは、ちょっと楽しそう。
いや、優越感に浸ったような顔をしている。
「玲香先輩。それだと、なんかわたしの性格が悪いみたいじゃないですか?」
「えっ、聞こえちゃった?」
彼女はわたしをニコリと見てから。
「わたしはただ。月子先輩が、『きょうも』制服だって思っただけです!」
あぁ、由衣ちゃんがストレートに、感想をいってしまった……。
「それが、性格悪いっていうのよ」
「別に、事実を述べただけですけど?」
「ほんと、嫌味な子よね……」
「うーん、じゃぁどこかの先輩に似たんですかね?」
むすっとした月子ちゃんを見て、由衣ちゃんはご機嫌だ。
そう。
きょうは、日曜日。
わたしたち三人の、お出かけの日だ。
……実は金曜日の、帰り際。
響子先生がいきなり、来週から『合宿』をすると発表した。
「きた〜! 夏の定番!」
「ヤッタァー!」
由衣ちゃんとわたしが喜んで。陽子ちゃんも、ニコニコ拍手をする。
「えっ、合宿って……」
「もちろん、家から通っていいですよね?」
昴くんと、月子ちゃんがそういうと。
「なに、そのつまんない発想?」
由衣ちゃんが、すかさずいい返す。
「いや、だって……」
「わたしの家、すぐ近くなのよ?」
ふたりが、抵抗を試みようとしたけれど。
「でももう、佳織が親御さんには連絡しちゃったよ?」
「えっ……」
「嘘ですよね……」
「ま、そういうことで。文句あるなら、佳織によろしく!」
響子先生がサラリと、意義は認めないと伝えてしまった。
「佳織先生も参加っていうことは!」
「美也ちゃんも参加ですね!」
由衣ちゃんと、陽子ちゃんがハイタッチしながら喜んで。
「当たり前よっ!」
響子先生が、そう答えて。
ついでにわたしの手を取ると、四人でハイタッチを交わす。
……そして、その帰り道。
「玲香先輩。合宿用の服とか、見にいきませんか?」
踏切の前で、ワクワクした顔で、由衣ちゃんがわたしを買い物に誘ってきた。
「じゃぁ、日曜日でもいい?」
「もちろんです! やった〜!」
うれしそうな由衣ちゃんが、わたしに。
「あの……。陽子先輩も、一緒にいけると思いますか?」
そう聞かれて、昴君となにやら話している陽子ちゃんをチラリと見てから。
「土日で自宅に戻って、留学の準備するっていってたから……。また今度かな?」
少し迷ったけれど、事実なので代わりに答える。
「う〜ん、残念。じゃぁ、あとは……」
由衣ちゃんとふたりで、目が合って。
えっと……。
わたしたちが月子ちゃんを見ると。
意外なことに、月子ちゃんのほうが恐る恐る、という感じで。
「そ、その集まりに……。参加すれば、い、いいのよね……」
「えっ?」
「いいの?」
「な、なによ……。た、たまたま日曜日なのなら……」
「はいー、はい」
「一緒にいこうね、月子ちゃん?」
「だ、だから……。ぐ、偶然なのよっ!」
……とまぁ。
そんなことがあっての、日曜日。
由衣ちゃんとわたし、そして『制服姿』の月子ちゃんは。
一緒に買い物にいくため、列車に乗っている。
駅を出ると、リズミカルな音を立てて。
ガラガラの列車が、スピードをあげていく。
少し景色がひらけた場所にきて。
月子ちゃんは、頬杖をつきながら窓の外を見る。
その、長くてさらさらした黒い髪。藤色の瞳、白い肌。
なによりその仕草も、表情も。
……ひとつひとつが、わたしは綺麗だと思う。
トンネルに入り、車内の蛍光灯が窓に反射し、月子ちゃんの横顔が映る。
わたしがいうのもなんだけど……。
月子ちゃんって、本当に美しい。
ただ、なんだかこう……。
車内にこだましていたレールの音から、開放されて。
トンネルを抜けた先の、夏の日差しのまぶしさに。
思わず窓際から離れた『制服の』美少女を見て。
わたしは、確信した。
「ねぇ月子ちゃん。もしかして、私服で悩んでない?」
彼女の藤色の瞳が、少し大きくなって。
それからすぐに、穏やさを帯びた。
「……実はね、そうなの」
人間、誰にでも悩みがあるとはいうけれど。
その悩みを、あっさりと認められるその強さに。
……自分から口にしておきながら、わたしは少しだけ嫉妬した。
わたしは、月子ちゃんに『勝てる』だろうか。
そう思うと。彼女の魅力を引き出すことに、わたしは一瞬躊躇したけれど。
「やっぱり! それならわたしたちが適任ですね」
由衣ちゃんは。
わたしよりずっと、正直だった。
あなたは、月子ちゃんがこれ以上『強く』なっても。戦えるつもりなの?
……そうやって一瞬。
つまらないことを考えた自分を、反省した。
そうだね、わたしたちはもう友達だ。友達なんだ。
「そうだね、月子ちゃん。きょうはお洋服、いっぱい一緒にみようね!」
月子ちゃんは、ほっとした顔でわたしたちをみたけれど。
実は、このとき。
わたしは、あなたに。
なんだか。
また『差』をつけられたと、実感した。
「……こんなところがあるのね!」
駅ビルの中と、それに隣接したビル内のお店を回りながら。
月子ちゃんがその藤色の瞳を、キラキラさせている。
「なんかめちゃめちゃ、楽しそうですね」
由衣ちゃんはなかばあきれながら、残りは驚きながら口にする。
意を決して、わたしは月子ちゃんに質問してみる。
「ね、ねぇ。月子ちゃん。いつも私服ってどこで買ってるの?」
「『制服』のついでに下の階とか。あとは東京とか横浜に出かけたときかしら?」
そんな答えを聞いたわたしは。
転校の際に制服を買いにいったあの場所をまず、思い出す。
前の高校と違って、私立だから。
地方とはいえ『百貨店』と名のついた建物の、八階の売り場で採寸したあと。
お母さんといったのは……。
あ……デパ地下くらいか。
あの店のエレベーターの記憶を、わたしは必死に手繰り寄せる。
そういえば途中の階に『婦人服』とか書いてあったっけ?
わたしは、ちょうど目の前の壁にあるフロアガイドを見つけると。
そこに書かれた『レディス』の文字を見て考える。
意味はほとんど一緒のはず。
だけど、なにかが違う気がする……。
「ねぇ、参考までに。東京とか横浜って、どこで買い物するの?」
「母が、たまには都会にいきたいというので。年に何回か、駅前にある百貨店でお洋服を買ったりするのよ」
「うん、それで?」
「ついでにわたしも、少し違う階にいって。そこの店員さんがおすすめしてくださるのを、なんとなく買ってもらっている感じかしら?」
なるほど。
わたしには、感覚的にはよくわからないけれど。
そこで買っている月子ちゃんなら、想像できる。
「あのね玲香さん。近所のスーパーの衣料品コーナーにも、いいものはあるのよ」
えっと……。
なんかそれはそれで、イメージつかないけど……。
「デパートとスーパー、使い分けてるんだね……」
「だって、こんな『ファッションビル』とか、知らなかったもの」
うぅ……。
なんか月子ちゃんがいうと、昭和な感じしかしない。
「月子先輩、お金持ちなんですか? お洋服とか、高そう」
さすが由衣ちゃん、ストレート。
「いえ、ただ耐久性はあったほうがよいとは思うので。あとほら、着るたびにクリーニングに出すの、意外と手間がかかるじゃない?」
耐久性? 毎回クリーニング? なにそれ?
「だから、『制服』が便利なの。特に夏服なら、家で全部洗えるでしょ」
なるほどっていうか、発想がそれなのか……。
そこまでいわれると、どうしても気になることがあるんだけど……。
「……先輩、いったいいくつ制服持ってるんですか?」
おぉ、きょうの由衣ちゃんは偉大だ。
「毎日、変えても足りる分だけよ」
ダメだわたし、答えについていけない……。
「ただ、部活で週末も出るなら。もう少し増やそうかと母に相談していてね」
そ、そうなの?。
「そうしたら、一度友達に聞いてきなさいといわれてしまったのよ……」
なるほど、だからきょうここにいるわけだ。
なんだかわたしたち。
意外と、責任重大なんだろうか?
「……ねぇ先輩、家でなに着てるんですか?」
「学校のジャージよ」
「寝るときは?」
由衣ちゃんが、面白がってどんどん質問する。
「スーパーの衣料品コーナーで買ったパジャマよ。百貨店で勧められたシルクのものは、あまり得意ではないの」
「シルク、ですか……」
あらら。聞いておいて、今度はひいてない?
話しをきょうの買い物に戻そうと、わたしが聞く。
「結局、私服ってどれくらい持ってるの?」
「えっと、数はそれほどないわ。それに、どれも一年に一回くらいしか着ないから……。サイズがあまり合わないのよね」
思わず、由衣ちゃんとふたりで。
まじまじと月子ちゃんを見てしまう。
あなたのどこに、余分な脂肪とかあるの?
あっても困らない部分以外、どう見てもないでしょ……。
「もうわかった。とにかく、合宿の時に着る物見つければいいんだよね?」
「絶対、キレイ目ひらひらワンピースとかしかなさそうですもんねぇ〜」
「ぜひ、お願いします」
きょうの月子ちゃんは、素直すぎて怖い。
きっと、あまりに意味がわからなくて。
自分がなにを暴露しているのかさえ、わからないのだろう。
それか、むしろ……。
いや、まさか、ね。
昨日読んだ、漫画に出てきたみたいな。
月子ちゃんが、『恋する乙女モード』だとしたら……。
もう完全に、わたしも。
それにごめんだけど、由衣ちゃんも。
私服で、かわいさまでバージョンアップした月子ちゃんには。
敵わないかもしれない……。
「……ねぇ玲香先輩?」
「えっ?」
「何系に、変身させましょうか?」
やっぱり、訂正。
わたしも、由衣ちゃんのたくましさを見習わないと、ダメだよね。
そのあとは。
頭を完全に、切り替えて。
月子ちゃんを着せ替え人形にして遊ぶんで、とっても楽しかった。
三人で食べたクレープも、とってもおいしくて。
たくさん笑って、おしゃべりして。
わたしはこの時間が永遠に続いても、退屈しないと思った。
……でも。
でも、どうしても。
わたしはふとした瞬間に、意識してしまった。
この場にいない、『誰か』がいる限り。
永遠に三人仲良しのままでは、いられないのだろうと……。