恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第十二話


 ……月曜日の朝。
 三藤(みふじ)先輩の家を、訪れる直前。
「アンタは、外でちょっと待ってて!」
 高嶺(たかね)が、僕にいきなり告げると。
 玲香(れいか)ちゃんの手を引いて、ふたりが三藤先輩の家の中まで入っていく。

 それから、数分が過ぎたころ。
 玄関が開く気配と同時に。
「お、お母さんは! も、戻っていて!」
 門の中から、少し悲鳴に似た感じの。
 いつもよりやや甲高い、三藤先輩の声が聞こえてきた。

(すばる)君、お待たせ〜」
 玲香ちゃんが、まず門の前に出てきて意味深な笑顔でニコリとして。
「ちょ、ちょっと!」
「いいから、早く出ますよ!」
「ほらほら、いきなさい」
 三藤先輩と高嶺、それに先輩のお母さんの声が近づいてきて。


 で……。
   え……。
      ええええええっ?

 みみみみ、三藤……。
 せせせ、先輩が……。


 ジャージでも、制服でもなくて。
 紺色の膝丈ギリギリのスカートと。あと、なんですかそれ!

 か、肩に、少し穴があいている……。
 そ、そんな黄色のTシャツみたいなのを着ていて。
 き、極め付けにに……。


       ポポポポポポポ、ポニーテールッ!


「どうよ? さすがのアンタでも、ドキッとするでしょー」
 黙れ高嶺、なんなんだ? この先輩の、お姿は!
 お、お前の仕業か?
「この髪型とか、昴君わかるかなー」
「ポポポポポポポ、ポニーテールですっ……」
 玲香ちゃんは、自分から質問してきたくせに。
「キャッ!」
 なぜか、そんな声を出すと。
 顔を真っ赤にして、僕から目を逸らす。
「はいはい。月子(つきこ)先輩も、自分で聞かないとぉ〜」
 ニヤリとしながら、高嶺が。
 うしろから背中を押して、先輩を僕に近づける。
 顔も両耳も真っ赤にした、三藤先輩が。
 伏し目がちに……僕を見て。そ、それから……。

「……ど、どうかしら?」
 どうもこうも……。
 初めて見た私服姿と、髪型の。そ、その破壊力に……。
 あ、あ、あ。アゴが、外れそうで……。
 僕はなにも、言葉を返せない。

「どうかしら、海原(うなはら)君?」
 追い討ちをかけるように。
 先輩のお母さんが、重ねて僕に問いかけて。
「あ、あ、ああっ……」
 それでも、まだ言葉が出なくて。
 ついに、先輩のほうが先に……。
「や、やっぱり! ジャージに着替えてきます!」
 高く裏返った声をあげて、引き返しかけたので。僕は慌てて思わず。
「せ、先輩! ポポポポポポポ、ポニーテールが……」
「や、やめてぇ〜!」
 僕たちふたりの、珍妙なやり取りに我慢できず。
 ついに玲香ちゃんと高嶺が、腹を抱えて崩れ落ちた。

「ちょ、ちょっと昴君! 反応しすぎ〜」
「もうちょっとまともにほめなよ! おかしいから!」
 ふたりはそんなことをいいながら、涙を流しながら笑い続け。
 先輩のお母さんもそれに混じって、楽しそうに笑いだす。
 す、すすすすいません。
 月曜の朝から、ご近所の皆さん。
 うるさくてごめんなさい!


 ……それから、三藤先輩は。
 このままなら合宿には意地でもいかないと、いい張って。
「仕方ないわねぇ〜」
 結局まわりが折れて。
 先輩の髪型だけは、いつもどおり元に戻った。

 ……とはいえ。
 それでも僕には、先輩の私服姿があまりにまぶしくて。

 僕は結局、神社に到着するまでのあいだ。
 ただの一度も、先輩に声をかけられないままだ。



 ……さっきからずっと無言の、海原くんに。
 わたしは恥ずかしすぎて。とてもじゃないが、顔を向けられない。

「……え?」
「うそっ?」
「あら!」
「若っ!」
 神社に到着すると、先に集まっていたみんなが。
 わたしの姿を見て、バラバラの驚きかたをする。

由衣(ゆい)ちゃんとわたしのコーディネートです!」
「まあ、半分は元どおりなんですけどー」
 玲香さんと由衣さんが、ことの次第をかいつまんで説明すると。
 藤峰(ふじみね)先生と高尾(たかお)先生が、涙を流して笑い出す。
「ポニーテールくらい、わたしだってたまにするわよ。ねぇ響子(きょうこ)?」
「ポポポポポポポっていわないとダメよ! 佳織(かおり)!」
「も、もうやめてください!」
 わたしの代わりに、海原くんが必死に抗議している。

 おまけに、陽子(ようこ)が。
 隣の美也(みや)先輩に、別の余分なことを告げてしまう。
「月子の私服姿、わたしも初めて見た……」
「え? 遠足とかは?」
「だって月子、『制服』で来たもん」
「うそっ! 遠足に『制服』!」
「ちょっと、美也先輩っ!」
 わたしの反応が、一瞬遅くて。
 あぁ……。みんなに聞かれてしまった。
 全員の目が、一斉にわたしを見て。一呼吸おいて、再爆笑しだす。

「ご、ごめん! 月子ちゃん!」
「わたし、帰ります……」
「いいじゃないですか〜。もう聞いちゃいましたしぃ〜」
「とりあえず、写真撮っとこ」
「い、いや〜! やめて〜!」
 笑い声と、悲鳴が混じったわたしたちの周りは。

 そのうるささのためか、セミたちも逃げ出したようで……。
 なんだか、とてつもなく恥ずかしい気持ちと同時に。
 それでも少しだけ、みんながまた少し。
 ……仲良くなれた気もした。



「……月子ちゃん。さっきはごめん!」
 ……ひとまず、『宿坊』に荷物を置きにきて。
 わたしはもう一度月子ちゃんに、ごめんねと声をかける。

「いいんです、美也先輩。ただ私服って、とても難しいですね」
「えっ……?」
 月子ちゃんが、一瞬わたしに『本音みたいなこと』をいった気がするけれど。
 ……気のせいかな?

「どうかしました?」
 まっすぐにわたしを見つめてくるその目に、きちんと応えたくなったわたしは。
「せ、制服を貫くのも。割と難しい気がするけれど?」
 少しだけ遠慮がちがに、でも素直に感想を述べてみる。
 ……数秒の、沈黙が訪れて。
 やっぱりまだ、そこまでの距離感で会話するのは無理だったかな?
 そんなことをわたしが考え始めた、そのとき。

「……どうですか?」
「えっ?」
「失礼しました。この私服姿に、ついてです」
「ご、ごめん。そういう質問か……」
「やっぱり、似合わなかったんですね」
「ち、違うよ!」
 月子ちゃん、その逆だよ。
 檸檬色(れもんいろ)のフレンチニットと、そのスカートの組み合わせが似合う子なんて……。
 逆に、なかなかいないから!
 いや、正直ね。
 改めて月子ちゃんを見たら。
 わたしだって、一瞬。心を奪われそうになったくらいだよ!

「……ありがとうございます」
 とっても似合っていると、必死に説明したら。
 どうやらお世辞ではないと。わかってもらえた。
 ただわたしは。『心を奪われた』という点までは……。
 さすがに口にすることが、できなくて。
 加えて。
「海原君が、ポニーテールに心を奪われただけなら、まだよかった〜」
 そんな本音も……。絶対にいえなかった。


 月子ちゃんは、もちろん。
 由衣も、玲香ちゃんも。
 昨日買い物したというお洋服がとても似合っている。
 きょうがもし、ファッションショーの日だと知っていたら。
 わ、わたしだって……。


「はいはい!」
「そろそろ合宿、始めるよー!」
「オシャレ女子たち。せっかくの私服姿なのに、ごめんね!」
「でも、運動するから着替えよっか?」
 ……さすがに、こんな展開を予測したわけではないだろうけれど。
「はいこれ、お揃いだよ!」
 先生たちが、わたしたちに向日葵色(ひまわりいろ)のTシャツを用意してくれていて。

 ……わたしはちょっぴり、ホッとした。


「よかった……」
 どうやら、隣のオシャレさんも。
 わたしとは別の意味で、ホッとしたらしい。 
 受け取ったTシャツに着替えようと、ニットに手をかけた月子ちゃんを見て。
 なぜだかわたしは、このままではもったいないと突然思った。
「ねぇ、写真撮ろっ!」
「えっ?」
 不意打ちで、わたしは月子ちゃんの横に顔を並べると。
 そのままカシャッと音を立てる。
「この表情は……」
「どう?」
「都木先輩だけが『かわいく』撮れているので、却下です」

 ……いままでなら、わたしとのツーショットなんて。
 絶対に撮らせてくれなかった『あの』月子ちゃんが。
 いまは、『かわいく写りたい』だなんて。
 なんだかとっても、不思議だね。
「いいよ、消してあげる!」
「当たり前です」
 ……あぁ、いつもの月子ちゃんが戻ってきた。

「その代わり、お互いが納得できるまで。付き合ってくれる?」
 笑顔で聞いたわたしに、あなたは少しだけ考えてから。
「……作り笑顔は苦手なので、長くはできません」
 正直にまた、応えてくれた。

 心配しないで。
 あなたに、作り笑顔は似合わないよ。

「こら! 時間を無駄にしないよ、急いで〜!」
 ……もう。
 いいところだったのに、高尾先生の催促する声が、廊下に響く。
「まったく。無駄にやる気がありますね」
 月子ちゃんがまた、『らしいこと』をポロリと話してくれて。
 それから……。

「一発で、決めましょう」
「えっ?」
「ほら、都木先輩。いまです」



 ……ついに、『放送部』の合宿が始まった。


 そんな朝の、月子ちゃんとのツーショットが。

 わたしの人生の中でも。


 最高の一枚のひとつに、なるなんて。


 このときのわたしたちは。
 まだ誰も、考えていなかった。


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