恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第十三話


「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
 朝七時。
 神社の駐車場に、僕たちの声がこだまする。

 合宿、三日目。
「ごはん、もうすぐできるそうです!」
 スマホに届いた、春香(はるか)先輩からのメッセージを読み上げると。
「手伝ってきまーす!」
 高嶺(たかね)がそのまま、待ちきれないとばかりに走り出す。
「よし、じゃぁいこっか?」
「お腹すいたぁ〜」
 藤峰(ふじみね)先生、高尾(たかお)先生、それに玲香(れいか)ちゃんがそろって移動を開始する。

美也(みや)先輩に、知らせてくるわ」
 三藤(みふじ)先輩は、そう僕に告げると。
 木陰で、英単語の暗記をしている都木(とき)先輩に向かって歩き出す。



「……美也は三年生だから、受験勉強優先ね!」
 ……合宿初日、みんなの前で藤峰先生が。
「次の模試でも結果を残す。参加条件として、お母さんと約束してきたから!」
 そういって、いきなり話し出した。
「あとね、日曜日にちょ〜っとお店にいったらね……」
 よっぽど、合宿がうれしかったのか。
 それとも、講習のあいだ部室でおしゃべりできなかったのが寂しかったのか。
 なんだか脈絡のない、買い物の話しが始まった。
 あぁ、これは長くなりそうだ……。

「……えっ、勝手に約束してきたんですか?」
 三藤先輩が、藤峰先生を放っておいて都木先輩とおしゃべりをしている。
「なんかね、わたしがいないときにあがりこんできたらしくてね……」
「それで?」
 思わず、僕も話しに参加させてもらうと。
「ふたりで、先生の持ってきたパン食べておしゃべりしてたらしいよ……」
「ええっ……」
 絶対、こっちの話しのほうが聞く価値のあるやつだ。
「それだけじゃなくて」

 ……なんでも、そのあと。
 留学を控えた春香先輩の家も『襲撃』して。
「炊事と英語。ついでに掃除と学校の宿題もやらせますって、宣言したんだって」
 炊事と英語? 掃除が先で、宿題が最後なの? 順番が無茶苦茶だ。
「あとね、陽子(ようこ)の家でも。三人でまたパン食べてたらしいよ!」
 なんなんだ、あの先生は……。
 誰かと、パン食べたかっただけなのか?
「いま、三人っていいました?」
 そうだった、あきれていてツッコミ忘れた。うん、三藤先輩はいつも冷静だ。
「陽子の家には、響子(きょうこ)先生が先にきていたんだって」
「えっ……」
「そういえば、やけにオシャレして出かけていた日があったわね……」
 確か、あの日は……。
 あぁ、昼ご飯を買ってくるといったきり、夕方まで戻らなかった日か。
「まさかとは思いますけど……」
「そうだよ、響子先生。そのあとうちにもきたんだって」
「そちら『も』、随分と迷惑をこうむりましたね……」
 三藤先輩が、遠い目をしてボソリとつぶやく。


「『も』ってどういうこと、月子ちゃん?」
 都木先輩の瞳が、興味を持って輝き出す。
海原(うなはら)くん、あなたが説明してくれる?」
 三藤先輩が、こめかみに白い右手を当てて。
 わたしはいいたくないと、仕草で示す。
「なになに、気になるよ!」
 都木先輩、あのですね……。

 そう、高尾先生が。
 金曜の午前中も、いきなり消えた。
 でもまさか……。
「どうしたの?」
「巫女姿だったんですよ」
「えっ?」
「巫女が、車から降りてきたそうです」
「ウソー!」
 三藤家、赤根(あかね)家、高嶺家、そして我が家にも……。
 巫女が予告なく、それぞれの家にやってきた。

「じゃぁ。パン、四回も食べたってこと?」
 都木先輩、勉強で疲れてます?
「いえ、干支の土鈴を四つ持ってきました」
 三藤先輩が、どうしてもいいたくなったのだろう。
「去年と一昨年、あと五年前と八年前の干支、でしたけどね……」
 あぁ、その脈絡のなさ。絶対余り物だ……。
「海原君の場合は?」
 うちは……。漬物だった。
「食べられるだけ、マシじゃない」
「いえ、高菜漬け五キロでした」
「五キロ……」
「病気になるわね……」
 ついでなので、あと二軒の手土産も紹介しておこう。
「玲香ちゃんはスルメ。高嶺はカバのぬいぐるみだったそうです」
「神事の残り物? でも、ぬいぐるみは……」
「子供縁日の、残り物ですよ」
 思わず、三人でため息をつく。
「とりあえず、なにか手土産をって思っただけでしょうけど……」
「性格がケチってわけでも、ないんですけど……」
「わたしたちはパンがあっただけ、マシだったってことかぁ〜」



 ……まぁ、ただ。
 そんなこんなではあれど。
 あのふたりの先生の『おかげ』で。
 僕たちが、今回の合宿を楽しんでいることは間違いない。


 そして、そんな日の夕方は。


 ……あいにくの雨、だった。


「あぁ〜。これじゃ走れないー!」
 高嶺が大袈裟にいうと、藤峰先生もつまらなさそうなようすで。
「ねぇ、本殿で走ろっか?」
 それはまずいでしょう、みたいなことを平気でいっている。
「部長、てるてる坊主が足りないよ!」
 高尾先生がなにかいっているのは、さておいて。

 この合宿中、『基地』になっている宿坊には。
 女子部員の寝る和室の大部屋と、先生たちの寝る小部屋。
 それと調理場と食堂に、全員が入れなくはない会議室がふたつある。

 なお、誰も興味がないかもしれないが。
 僕は、高尾先生のご両親の家の『仏間』で寝泊まりをしている。
 ちなみに、また合宿初日に戻るけれど。
 僕の寝所については、こんなやり取りがあった。
「海原君は、宿坊の外で寝袋で寝る?」
「いくら真夏でも……。おまけに、どうして外なんですか?」
「なによアンタ。まさか一緒に大部屋で寝ようとか、変なこと考えてんの?」
「高嶺、んなわけないだろう! でも外は嫌ですよ」
「うーん。じゃぁ本殿は?」
「高尾先生。さ、さすがに本殿に布団敷くのは……」
「そう? 昔、何度も佳織(かおり)と泊まったけど?」
「……のう、響子?」
「ん? なにお父さん? いつからいたの?」
「お前の部屋、もあるんじゃが?」
「い、いいわけないでしょ! もう、海原君は仏間で寝なさい!」
 以上、余分なやり取りを紹介しました。


 ……会議室に、話を戻そう。

 四角い机に、時計回りに三藤先輩と僕。先生ふたり、都木先輩と春香先輩、玲香ちゃんと高嶺がセットになって座っている。
 さて、いまからどうしようか?
「ミーティングよ、海原くん」
 三藤先輩が、その藤色の瞳で僕を見る。
 ちょっと、ちょっとだけこの部屋は狭いので……。なんか近いですよねぇ。
 そう思った瞬間。
 音もなく固いなにかが、僕の脛に激痛を走らせる。
 うぅ、近すぎて高嶺の蹴りが、十分な威力を保ったまま当たってきた……。
「もしかして海原君、痛かった?」
 春香先輩が、なにが起きたか正確に理解した上で。
 涼しい顔をして、僕に聞く。
 本当に、最近キャラが変わったよなぁ……。
 あぁ、以前の包み込んでくれそうなほほえみは。
 いったい、どこに消えてしまったのだろう……。

 今度は、右手にシャープペンがチクリと刺さる。
「あら、ごめんなさい」
 三藤先輩が、素っ気なく声をかけるけれど。
 絶対に意図的ですよね、それ。

(すばる)君。やさしいキャラが必要なら、いつでもわたしがやるからねー」
 玲香ちゃんがほほえみながらそういうと、都木先輩が珍しくツッコミを入れる。
「偽りのほほえって。信用しないほうがいいよね、海原君?」

 それから、藤峰先生が無駄に僕にウインクをして。

 最後に高尾先生が。


 ……って、あれ?

 珍しく、高尾先生は。


 視線を、天井に向けたまま。
 無関心のポーズをしていた。


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