恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第十四話


 そろそろ、始めないと。
 またなにかが起こりそうだ。
 僕は、部長の『つもり』で、ミーティングを開始する。


 ……『放送部』のやれることは、思ったより多かった。

 学外の、コンテストに参加する。
 どうやら、『部門』がいくつもあるらしい。
 校内で、できることを考える。
 玲香(れいか)ちゃんの学校では、お昼休みに『番組』があったそうだ。
 体育祭や文化祭、そのほかの学校行事で。
 実況や司会をしたりも、できるらしい。
 ほかにも、学校紹介の動画を作ったり。
 地域の行事で、進行役を担当したり、と。
「ずいぶん、いろいろあるんですね……」
 高嶺(たかね)の言葉に、僕も全く同感だ。
「『機器部』のときは、講堂とかの音響やっていればそれでよかったからねぇ〜」
 都木(とき)先輩が、そういうと。
「『委員会』みたいな、微妙な仕事も一応あります」
 そうですね。
 三藤(みふじ)先輩が、僕にとっての『悪夢』を思い出させてくれた。

「……で。今後なにを活動に加えるか、だね部長」
 珍しく真面目な声で、藤峰(ふじみね)顧問が僕に発言をうながす。
「そうですね。この先どんなことがしたくて、できるようになるか、です」
 答えてから、僕は。
 つい経験者だからと、玲香ちゃんを見てしまう。
「わ、わたしはね。うーん、昔はアナウンスのコンクールとかに憧れたけど……」
 ……しまった。
 前の学校での、嫌な記憶を思い出させてごめんね。玲香ちゃん。
「あ、気にしないで(すばる)君。いまはみんなで、仲良くできればそれでいい」
 え?
 僕、いまなにかいったっけ?
 それとも、また顔に出てちゃったのか?
「デリカシーないからねぇ、アンタは」
 高嶺がそういうと。玲香ちゃんがまぁまぁ、といいながら。
 僕の代わりにアイツに、質問してくれる。
由衣(ゆい)ちゃんは、やりたいことある?」
「うーん。正直、楽しいければそれでいいです。ところで陽子(ようこ)先輩は?」
「えっ? わたし、もうすぐ留学だよ?」
「それはもちろん知ってますけど。だからこう、先輩が帰ってくるまでにわたしたちにやっといてよ。みたいなことって、ありませんか?」
 春香(はるか)先輩にとって、余程意外な質問だったのだろうか。
 先輩の顔が、一瞬曇った気がして。
 ……それから、微妙な沈黙が始まった。


「……よ、陽子はさぁ。わたしが誘っただけだからねぇ〜」
 なにかを察した都木先輩が、フォローを入れるけれど。
 春香先輩は、逆に。
「うん。その、誘われた『だけ』だったんだけど……」
 そういうと、やや小さな声で。
「そこから変わりたいから、留学するんだ……」
 顔を下に向けて、再び沈黙してしまう。

 な、なんだか話しが違う方向に、進んでしまいそうだ。
 ど、どうすればいいんだろう?

「それなら、わたしだって同じですし。海原くんも由衣さんも、いわば誘われたから入部しただけといえばだけなので。わたしたちはみんな、いわば主体性がない人たちの集まりということになるわね」
 三藤先輩が周囲を見回しながら、事実を述べる。

 そう、僕たちは。
 特別ななにかをしたくて、『放送部』に集まったわけではない。
 誰かに誘われたから入部しただけで。
 やりたいことがあって、希望したわけではない。

「……えっとね、ちょっと口を挟むわよ」
 藤峰先生が、やさしい声で語り出す。
「やらなければならないことが、ほとんどないのが。いまのこの部活の、いいところじゃないかしら?」
「そうね。コンクールで必ず優勝しようとか、明日も昼の番組作らなきゃとか。達すべき目標や変えられない活動に追われる部活より。みんなには、自由があるわ」
 高尾(たかお)先生が、僕たちの目を見ながら言葉をつなぐ。

「大き過ぎる自由が、逆に挑戦する気持ちを萎縮させている……んですかね?」
「義務が少なすぎて、やることが見つけられないのかしら?」
 僕が口にしたことを、三藤先輩がもう少し噛み砕いてくれる。
「そうか、それなら。なんでもできるってこと?」
「とりあえずやってみよう、みたいな?」
 玲香ちゃんと高嶺の声が、少し明るくなり。
「それなら、もしかして引退までに。まだなにか残せるかもしれないね」
 そのあと、都木先輩がそういったまではよかったのだけれど……。


「……わたしには。それがもう、なにもないよ」
 春香先輩が、小さな声でつぶやいた。

 思わず、みんなの視線が一斉に春香先輩のほうに動き始めた、そのとき。

「海原君は、見ちゃダ……」
 都木先輩が、僕になにか伝えようとして。
「美也、ちょっと!」
 藤峰先生が、慌ててとめに入った。

「……ごめんね、ちょっと風に当たってくる」
 いったい、なにがどうなっているのか。
 春香先輩はそういうと、静かに席を立ち。
 誰とも視線を合わせずに。

 そっと扉をあけて、部屋を出た。



「ちょっと、アンタさぁ!」
 高嶺が、いきなり怒り出す。
「海原くんのせいではないわよ」
「どうしてそうやって、アイツの味方ばっかりするんですか!」
「ちょ、ちょっと由衣。冷静になろうか?」
「わたしは冷静です! それより美也先輩、陽子先輩の味方じゃないんですか?」
「えっ、由衣? それってどういうこと?」
「もういいです! 陽子先輩のために! 夏休みはたくさん笑おう。笑顔で送り出そうってみんなで約束したのに! これじゃぁわたしも、誰も。ちっとも出来てないじゃないですか!」

「いい加減にして、由衣ちゃん!」
 大きな声が、したかと思うと。黙っていた玲香ちゃんが立ち上がる。
 アイツは、玲香ちゃんに叩かれると思ったのだろう。
 頭を抱えて、その場にうずくまろうとしたところで。

「陽子ちゃんのために、みんなを怒れる由衣ちゃんは……。強いんだね」
 玲香ちゃんは、そういうと。
 力一杯、アイツを抱きしめた。


「……わたしはいままで、辛かったから。強がってたけど、すっごくすっごく辛かったったから! みんなに喧嘩して欲しくない! もめて欲しくない!」
 大きな声で、前の学校での気持ちを吐き出す玲香ちゃんを。
 今度は高尾先生が、その手で抱きしめる。
「玲香ちゃんは、いっつも誰かのためにやさしいね」
 そういわれて、玲香ちゃんは大きな声で泣き出して。
 連鎖反応で、アイツも泣き出した。


「……なにやってるんだろうね、わたしたち」
 涙声の、都木先輩が。
「あの子をお願い、月子ちゃん、海原君」
 それだけいうと、ゆっくりと輪へと移動して。
「仲直りするよっ!」
 そういって、輪の中に入っていく。

「よし、ここはまかせといて」
 藤峰先生は、潤ませた目を僕たちに向けると。
「風邪ひかせないように、そっちもよろしくね!」
 頬に光る筋を流れるのを気にすることなく、無駄に右目でウインクしてきた。


 三藤先輩は、返事の代わりに僕の腕をつかむと。

「いくわよ」
 短く、そういうと。

 勢いをつけて、扉をあけて走り出す。



 そう。
 外は雨が、相変わらず強く降っているけれど。


 僕たちは、傘も差さずに。

 ……春香陽子を追って、走り出した。


< 24 / 51 >

この作品をシェア

pagetop