恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第十六話
夕食の片付け、それから勉強を終えると。
社務所に移動した、わたしは。
美也ちゃんと、佳織先生を前に話しだす。
「あのね、先生。留学のことなんだけど……」
「うん、陽子ちゃん。やっぱやめとく?」
……わたしの目が、思わず点になる。
「どうしてわかったんですか?」
「顔に書いてあるわ、みたいな答えでいい?」
……なんだ、こんなにあっさりとしたものなのか。
正直ちょっと、拍子抜けした。
「ふつう、生徒の口から聞くまで待ちません?」
美也ちゃんが、先生にいうけれど。
「ま、結論同じなら、いいんじゃない? わたしも経験あるし」
先生がサラリと答えて、美也ちゃんがちょっと不服そうに頬を膨らませている。
「響子とね、陽子ちゃんのお家にいったでしょ?」
「はい」
「そのときに、この先もし心変わりしたらどうしましょうかって。お母さんに相談されたんだよね〜」
知らなかった! そんなこと、お母さん思ってたんだ。
「そういえばわたしも、陽子のお母さんに学校でなにかあったのって聞かれたよ」
「え? 美也ちゃん、なんていったの?」
「一緒に色々充実してます、って答えといた」
……ありがとう、少しホッとした。
「別にみんな、陽子ちゃんがどうこうなんて思ってないわよ」
佳織先生が、妙にかわいいウインクをしてから話しを続ける。
「成績も問題ないし。いきたければいけばいいって、応援してきたのは本当」
「先生、ありがとうございます……」
「でもほら、そんなの変わっていいのよ。若いんだしさ、あんまり実害だってないから、平気よ平気!」
そうか、『実害』か。
迷惑、かけちゃうんだよな、きっと……。
「うーん。飛行機代とか? キャンセル料が少々かかるかもねぇ」
うわっ! お母さんとお父さんに、謝らないと……。
「でも先方の学校には、別にわたしからのゴメンで済むわ」
ゴメンで済むって……。先生、いったい何者なの?
「あと、クラスの子たちとかも知らないでしょ?」
確かに部活のみんなしか、知らないけれど……。
えっ、もしかして?
「二学期始まってから手続きしても平気って、いってたのって……」
「わたしも昔、経験あるって。話したでしょ?」
なるほど、佳織先生のウインクって。
こういうときに見ると、ちょっと安心するんだ……。
「ねぇ先生、ちゃんと学校内では話しとおしてたんですよね?」
美也ちゃんが、まるでお姉ちゃんみたいに。
いまさらだけど、心配になったみたいで聞いている。
「どうにかなるから、まだだけど?」
「まだって……。それ、留学ちゃんといけたんですよね?」
「大丈夫! わたしのときの英語の先生、いまの校長だから!」
……なんだか色々、納得した。
そして、安心したら涙が出てきた。
ほんと、きょうはよく泣く日だ。
お母さんも、きっと佳織先生が自身の経験を踏まえて色々話してくれたから。
どう転んでもいいと思えるように、心の準備ができていたのだろう。
それに美也ちゃんが、本当はもっとわたしは平気だって伝えてくれていたはず。
あと、響子先生も。
なんかいろいろ、サポートしてくれてたんだろう。
「自分で前に進んだことに、無駄なことなんてなにもない!」
佳織先生が、得意げな顔をしてから。
「おかげで、英語力はかなり上達したでしょ? だからこの先のテストとかも、かなり期待できるかもよ〜」
なんだか、いい話も、打算的な話しもひっくるめて。
すべて前向きにしてしまう、この先生を。
この先わたしは、心から。
尊敬していこうと思った。
「……ところで。どうしてわたしもここに呼ばれたの?」
えっと美也ちゃん。それはね……。
「いよいよ、恋バナだねぇ〜!」
……あぁ、さっきのはちょっと訂正。
佳織先生って、ちょっとおしゃべりかも……。
遅くなりすぎないようにしなさいよ、とだけ告げると。
先生は一足早く、宿坊に戻っていく。
よし、ここは真似をして。
先生みたいに、直球勝負だ!
わたしは、美也ちゃんの顔をじっと見つめると。
渾身の質問を、一気にいい切った。
「ねぇ、海原君のこと。好きだよね?」
「陽子もでしょ?」
あぁ……。
いきなり、打ち返された……。
「……失恋して、留学じゃないよ」
「それは知ってる。だけど、失恋はしてないけど、譲ろうと思ったわけ?」
「えっと、譲るとかじゃないけど。離れようとは考えた」
「そっかぁ……」
告白までは、していない。
お互いそれは、わかっている。
「わたしたちより、ほかの子たちのほうが先に自覚しそうなのにね」
「ほんと、誰から見てもそう感じるのに。動き出さないよね」
きっと、いままで『彼』との接点がなかったぶんだけ。
わたしたちは一気に、それに近づいてしまったのだろう。
自分でも驚くほどスルスルと話しが進んで、そんな結論が出ると。
「なんか、早かったね」
そういって。思わずふたりで、笑ってしまった。
「……でね、美也ちゃん。わたしは決めたんだ」
美也ちゃんが、ゴクリとつばを飲む。
大丈夫だよ、わたしは誰の、敵でもない。
「海原君の、『姉』になる」
「えっ?」
離れたかったけどね、解決法がわかったの。
もうわたしは、誰の邪魔もしないと決めた。
そして、遠慮する必要もなくなった。
「彼の『姉』になるの。そうしたら好きではいても、恋することはないでしょ?」
……もう、恋するだけでは、終われない。
これがわたしの、『続き』の一歩だ。
「陽子は、すごいねぇ……」
美也ちゃんは、そういってくれた。
それから……。
「……わたしも。海原君が好き」
しばしの沈黙を破って、美也ちゃんが話し出す。
「告白する気はある?」
「そんなの、ないよ〜。わたしはもうすぐ卒業だから。仮に気持ちを伝えても、みんなの迷惑になるだけだと思ってるし……」
「美也ちゃん。それって、どういうこと?」
「だって……。すぐに一緒にいられなくなるし、みんなは一緒にいられるのに……。なんかそれって、悪いでしょ?」
あぁ、わたし。
美也ちゃんと、恋バナをしている。
しかもなんか、真剣だ。
「えっ、陽子どうかした?」
いつも追いかけていた美也ちゃんが、いまは『ただの女の子』になっている。
……だから、わたしは。
いまは、遠慮なんていらないと思った。
「だって、自分が勝つと思ってるの? 性格悪いねぇ〜」
「なにそれ? やっぱり、陽子キツくなったよね。海原君のいうとおりだね〜」
「違うよ。少し殻が破れて、素直にいえるようになっただけ!」
「そっかぁ。で、そうさせたのが……。ねぇ……」
……ひょっとして、美也ちゃんには。
悪いことを、したかもしれない。
結果的に、ブレーキを踏ませたのかもしれない。
でも、大好きな美也ちゃんだから。
伝えないわけにはいかなかったのだ。
「……美也ちゃんは、美也ちゃんの道をいけばいいよ」
「う〜ん。じゃぁそのとき陽子は、わたしの味方をしてくれる?」
……わたしは、正直に答えようと思った。
「わたしは『姉』なので、彼のベストを、そのときに真剣に考える」
美也ちゃんは、わたしの瞳をジッと見つめてから。
「そっか。なんかあっというまに、陽子に抜かれちゃったね」
そういって、少し哀しそうで。
でもちょっと、うれしそうな顔をしてから。
「彼のベスト、か……」
とても真剣な顔で、つぶやいていた。
さぁ、三藤月子、高嶺由衣、赤根玲香。
わたしはひと足先に、脱落したけれど。
気持ちを自覚した美也ちゃんは、相当強いよ。
それと、一番彼を大切にできる誰かに、伝えたい。
……どうか、この『姉』を越えてください。
わたしが恋した彼を、手に入れてください。
そして、お願いだから。
海原昴を、忘れさせて……。
……美也ちゃんと、久しぶりに手を繋いで歩いて。
少し眠たそうな雰囲気の宿坊へと戻る。
海原君以外のみんなに、留学をやめて学校に残ると伝えると。
真夜中の神社に、地響きのような音が響き渡った。
そして、また誰かが。
この日のことを、部活日誌にわざわざ残していた。
「陽子の反乱、無事収まる」
今回も、ご丁寧に前回とも字体が変えられていて。
犯人の心当たりが……。
わたしには多すぎて、わからなかった。