恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第十八話
「……あのー。最近わたしの出番、少なくないですか?」
「由衣だけじゃなくて、わたしも少ない気がする。作者、サボってるのかなぁ?」
「そういうの、どこに抗議したらいいんですかね?」
……日曜日の朝。
わたしは、玲香ちゃんと早朝のランニングを終えると。
互いの家の中間にある、小さな公園で休憩中だ。
金曜日の午後をもって、急遽合宿は中止になった。
昼食後、本殿前をみんなで掃除していると。
響子先生のお母さんが、驚いた顔でやってきた。
「ちょっと、きょうは掃除しても仕方ないわよ」
「なんで、お母さん?」
「もう響子。あなた教師なんだから、もう少し先回りして考えなさいよ……」
……どうやら、この時期にしては珍しく。
大きな台風が、急速に近づいてきていて。
夕方からは、大荒れになるらしい。
「よし、解散!」
佳織先生が即決する。
「えー、いきなりですかー?」
「別に台風過ぎるまで、ここにいるでいいんじゃないですか?」
玲香ちゃんとわたしが、そういうと。
「宿坊が雨漏りしたり。ほら、裏の木もお年だから、屋根に倒れてきたり大変よ」
響子先生が、妙にもっともらしいことをいう。
「い、一応そのあたりは去年手入れしたわよ……」
先生のお母さんが、そこまで古くはないのよと謎のフォローを入れると。
「でも、地割れしたら大変よ!」
先生が、ぶっ飛んだ想像力を披露する。
「……あの。さすがに台風で地割れはしないと思いますけど」
海原そうだ、たまには頑張んなよ!
そう期待したのに、佳織先生が今度は。
「まぁ、またやったらいいでしょ?」
「ま、またやるんですか……」
ちょっと! アンタすぐに戦意喪失しないでよ!
結局、最後に。
「停電とか、嫌い……」
美也先輩がそういったので、先生たちに押し切られてしまった。
「停電好きな子とか、普通いませんけどね!」
恨めしかった台風は、夕方には結局進路を全然違う向きに変えたばかりか。
土曜日の朝に海の上で、あっさりと消えたらしい。
「なんだか尻切れトンボってやつ? 消化不良になっちゃったねー」
「ほんと、お盆の間は暇ですよね〜」
「もう一回合宿できるといいけどね〜」
「ほんとですよぉ〜」
あの時代遅れの部長と副部長には、スマホがない。
だから相談しようにもできないし……。
……ってまさか、このまま夏休み終わっちゃうとかないよね?
「そっか!」
なぜだか、陽子先輩を経由すればどうにかなるかと思った。
「え、陽子ちゃん『また』スマホ持ったの?」
「あれ? 前に留学いくから買うんだ、みたいなこといってませんでした?」
「あー、あれねー」
玲香先輩が、乾いた笑いをしている。
「ウチに泊まってたときに、試しに使ってみたらっていったんだけどね」
……ロック解除とか、通知とか、既読とか色々説明してるうちに。
いつのまにか寝てしまったらしく。
次の日の朝、面倒くさいからギリギリに買うか考える、といっていたそうだ。
「留学やめたし、絶対買ってないと思う」
「……なんか。放送部なのに、機械と無縁というかなんというか」
「だって陽子ちゃん、ワイヤレスマイクだと不安だからって」
「いつも行事で、有線マイクばっかり用意してますもんねぇ……」
ダメだ。
『あの三人』は、やることが昭和すぎる……
……ふと、ふたりで沈黙する。
由衣ちゃんとわたしは、同じことを考えているのはわかったけれど。
わたしは口にするのが少し、怖かった。
「ねぇ、陽子ちゃんだけどさぁ……」
「アイツのこと、好きだったんですよねぇ……」
「……由衣ちゃん、すごいね」
「どうしてですか?」
「だってあっさりと、いっちゃった」
「玲香先輩だって同じこと考えてたんですよね? だったら数秒の差ですよ」
……その数秒差が大きいのに、とわたしは思った。
由衣ちゃんは、それきり。
栗色の髪の毛を指先でくりくりと回しながら、再び沈黙する。
次に口を開くべきは、わたしのほうなんだろうけれど。
いったいどう、話しをつなげればいいんだろう……。
「誰もまだ、本人には告白していないんですよ」
由衣ちゃんがまた数秒先に、わたしと同じ意見を口にした。
「陽子ちゃんは好きだって思って、自分で飲み込んだんだよね……」
由衣ちゃんが、小さくうなずく。
続きを、いいたいけれど。
口にしたらわたしも、自分の気持ちをいわなくてはいけなくなるだろう。
「いいなぁ、好きだって思えて……」
え? 由衣ちゃんは違うの?
「あの、玲香先輩は。アイツのことが好きですか?」
由衣ちゃんの大きな瞳がふたつ、わたしをじっと見つめてくる。
……どうしよう、心の準備ができていない。
「わかっちゃいました。わたしと同じですね」
「えっ? どういうこと?」
……陽子先輩が、雨の中飛び出したあの日。
美也先輩が、月子先輩のシャワー中にタオルなどを準備して。
わたしは同じように、陽子先輩の分を用意していた。
陽子先輩に、いわれたとおりに。
荷物から必要なものを取り出していた、あのとき。
「ん?」
偶然、手に当たったものがあった。
もちろん。触れるつもりも、見るつもりもなかったけれど。
五月の連休にみんなで海にいった、そのときの帰りのバスで。
陽子先輩が。
なぜかアイツの隣に座ったことを、思い出した。
……席に座ると、互いに暑いとでもいっていたのだろう。
海原が仰ぐ仕草で、そのとき手にしていたのは。
何度か見覚えのある、鉄道好きのアイツのタオルハンカチだった。
そのあと、わたしはなんとなく見ないようにして。
途中から駅までは、本当に寝てしまった。
「ちょっと、手くらい拭きなよ」
帰りの乗り換え駅で、アイツがトイレから戻ってきたとき。
「いや、それがさ」
アイツはどこかで、ハンカチを落としたのだといっていた。
「あの特急のマークが入ったやつ、覚えてないか?」
「なにそれ?」
「去年の夏に家族で乗りにいってさ。向こうの駅でしか買えないんだよなぁ……」
特急の名前とか、変な番号とかいわれてもわからないけれど。
ただ、菫色の列車だったのだけは、覚えていて。
……そしてそれと、同じものが。
なぜか陽子先輩の荷物の中に、入っている。
アイツは、器用な嘘なんてつけない。
それにわたしは、深くなんて考えていなかった。
次の日に、冷やかしの気持ちで。
陽子先輩に質問したときの表情を、わたしはいまも覚えている。
「もしかして陽子先輩って、アイツのことが好きですか?」
誓って、いうけれど。
不意打ちする気なんて、これっぽっちもなかった。
「まさか!」
そんなふうに、驚いてくれて。
ハンカチを返すチャンスが、たまたまなくて。
合宿でアイツに渡すために持ってきたことがわかれば、それでよかったから。
だから、わたしは。
とっても軽い気持ちで、聞いただけだ。
「……さっきの玲香先輩の表情は、そのときの陽子先輩とは違いました」
どうやら玲香先輩もわたしも。
陽子先輩とは違うらしい。
そう、わたしたちはまだ『恋』をしてはいない。
ただ、アイツがなんとなく、好きなだけ。
「わたしたちとは、レベルが違ったんだね……」
そう、陽子先輩はあとからやってきて。
いつのまにか、階段を何段も先に進んでしまった。
それから、自分の気持ちを確かめた上で。
違う道を選んだと思った。
「わたしたちはまだまだだねぇ〜」
「似たようなところに、もうひとりいますよね?」
「それだけじゃないよ。あともうひとり、ずっと上の段にいる」
「玲香先輩も、そう思います?」
「だって、陽子ちゃんのことがわかったら……。割と簡単じゃない?」
やっぱり、そうなんだ……。
わたしは、思わず。
「あの人に、かなうかかなぁ……」
ふと思ったから、口にしただけだったけれど。
「ねぇ由衣ちゃん、さりげなくそれって失礼だよ」
玲香先輩の声が、少しだけ固くなったのを感じた。
先輩は立ち上がると、近くにあったブランコに飛び乗る。
「これってひさしぶり〜」
そういいながら立ちこぎして、笑顔で。
「もし、もしだよ……」
ブランコの勢いが、少し強くなる。
「色んな人が、階段をのぼっててもね。わたしが動きだしたら!」
もっとブランコが早くなって。
「……一番強いのは、わたしだから!」
そういうと玲香先輩は、勢いをつけてブランコから飛び降りる。
「いやー、ひさしぶりにやってみたけど、たのし〜」
そうか、そうだった。
もし、もしわたしが、階段をのぼり始めたら。
ライバルはひとりじゃない、ふたりでもないのだ。
「『もし』そんなときが来たら、わたしだって先輩たちには負けません!」
玲香先輩がわざとらしく、余裕の笑みを見せてわたしを見る。
「望むところよ!」
それから、大きく息を吸い込むと。
今度は、すでにギラギラと照り始めた太陽に負けないくらい。
まぶしい笑顔でわたしをみる。
「でもそれまでは、仲良くしようね! 由衣ちゃん!」
「もちろんです!」
「その証として、じゃないけどね……」
それから、玲香先輩は。
「これからは『玲香ちゃん』って呼んでね、『由衣』!」
そういって、空に腕を伸ばして。
わたしにハイタッチを求めてくれた。
……すると、それをまるで見届けたかのように
タイミングよく、美也先輩からふたりのスマホにメッセージが入る。
「水曜日、お祭りいかない?」
思わずふたりで、顔を見合わせる。
「……スマホ、盗聴器とかついてないよね?」
「やるとしたら、月子先輩くらいですよ」
「でもあの子、アナログ派だよ?」
「じゃぁ、誰にも聞かれてませんよね!」
……翌日、月曜日の朝。
三藤月子、海原昴、そして春香陽子の『アナログ三人組』の家のポストに。
同じ文面の手紙が、入っていた。
「水曜日、お祭りに集合!」
「まったく……。もう少し考えたりしないのかしら?」
「高嶺も玲香ちゃんも……。いったいなに考えてんだ?」
「美也ちゃーん! 時間も場所も、わからないよ〜!」
もちろん、投函した当人たちはそんなことなどつゆ知らず。
……火曜日に、ポストに入っていた問い合わせの手紙を見て。
その夕方に、再度投函にいって。
スマホがないせいで、互いにとても『無駄』なことをしながらも。
それでも、水曜日を楽しみに。
思い思いのときを、過ごしていた。