恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第三章
第一話
列車が、学校への最寄駅を越えて。
ひとつ、またひとつと先に進むと。
僕たちの目的の駅へと、到着する。
初めて降りたプラットフォームに、古びた駅名標がポツリと立つ。
「おぉっ……」
どう見ても、昭和だ。このサビ具合が、最高だ。
久しぶりに、『好きなもの』を眺められる。
幸せな気持ちでそれを、じっくりと眺めようとする僕を。
「早く! いくよ!」
鉄道風情ゼロの高嶺由衣が、容赦なく急かしてくる。
「駅の名前書いてあるだけじゃん、それ」
「えっ……」
「だいたいアンタ、駅名なんて全部覚えてんだから。なにが楽しいの?」
「……あのなぁ、ここでずっと列車を見守ってたんだぞ」
「見守るって、『ゴマちゃん』じゃあるまいし。もう先にいくからいい!」
わけがわからないと、首を左右に振りながら。
アイツは先に、階段をのぼっていく。
「さすがに神社の狛犬とは、違うよね〜。はい、こっち向いて昴君」
振り向くと、赤根玲香が気を利かせて。
スマホのカメラを、こちらに向けてくれてる。
「えっと、そこだと駅名が隠れない?」
「えっ?」
「あと、ちょうどもうすぐ反対側から列車がくるからさ」
「う、うん……」
「先頭車両がちょうどこう、この角に差し掛かったあたりで……」
……って。
えっ、玲香ちゃん?
「あのね、わたし。昴君を撮ろうとしてただけなんだけどなぁ〜」
「あ、あの……」
「また次にするね!」
「えっ……?」
そういうとスマホをしまい、僕を置いて。パタパタと高嶺のあとを追い始める。
ふと気配がして、振り返ると。
三藤月子が不機嫌さを隠しもせず、駅名標の前に立っている。
これは、ひょっとしたらチャンスかもしれない。
「先輩、不機嫌なのはわかるんですが。もしかしてカメラとか……」
「あるわけ、ないわ」
……あぁ、せっかく。
ほら、うしろの山と列車と駅名標。最高の構図で。
そうしたら、機嫌も直るかもしれないのに……。
「海原くん、いくわよ」
僕の純粋な鉄道愛など、いまの三藤先輩の前では完全に無力で。
「いく、わよ!」
そう、三藤先輩は……。
現在極めて、不機嫌だ。
「……えっ、月子ちゃん?」
これより、およそ一時間前。いつもの、ローカル線で。
プラットフォームにのんびりとやってきた列車の中に、三藤先輩の姿が見えた。
僕の隣で、笑顔で手を振って列車を迎えていた玲香ちゃんが。
その瞬間、手をとめて固まってしまう。
僕は、そこまでは驚かない。
……でもまぁ、違和感がなくもなかった。
「こ、こんにちは……」
そういいながら、三藤先輩の隣に腰掛ける。
ある意味、学校のある毎朝と同じなのだけれど。
きょうは少しばかりの、違和感が……。
この日は、僕なりに。
襟付きのシャツとチノパンという、その辺のごく普通の男子としては。
ちょっとだけお出かけを意識した格好に、したつもりだった。
「昴君、いいねぇそれ!」
そういいながら登場した玲香ちゃんも。
いつもより少し大人びた感じの、洋服を着ている。
……でも、なんだ。
それで、よかったんだ。
三藤先輩はいつもの、夏服だ。そう、それは。
僕が学校で、見慣れた姿だ。
次の駅に到着すると、窓の外に『着飾った』高嶺がいて。
僕が、目を丸くする。
同時に、あいつも目を丸くしていたのだけれど。
多分あれは、自分がひとりだけ場違いだと思ったのだろう。
……まぁアイツは、いつもそんなものだ。
「『由衣』、かわいい〜!」
「『玲香ちゃん』も、なんか大人びててステキ〜!」
あれ、なんか呼びかた変わってないか?
ま、まぁそれよりも今はコイツだ。
高嶺は、世にいう『浴衣』なるものを着ていて。
いかにもどうだ、参ったか? そんな顔で僕を見ている。
「……夏って、感じだよな」
「は?」
「ちょっと昴君! ここはちゃーんとほめるとこだよ〜」
「いいんですよ玲香ちゃん。コイツのセンスは、こんなもんですから」
「それにしてもねぇ……。昴君、ほかには?」
「なんか高嶺だけ浴衣で。妙に目立ってますよね、三藤先輩?」
よくわからないので、先輩にひとことお願いしてしまえと僕は思った。
……のだけれど。
……あれ?
三藤先輩の両耳が。赤くなっている。
「海原さぁ。お祭りだよ。浴衣がドレスコードだし〜」
思いっきり目を細くした高嶺が、極めて不服そうな顔で僕を見る。
「へ、そうなの? でも玲香ちゃんは洋服だよ?」
「あのさぁ! めちゃくちゃオシャレしてるの、わかんないの?」
高嶺の声が、イラついてきている。
アイツのいうようにドレスコードが浴衣なら、洋服はマナー違反になる。
でも玲香ちゃんは、オシャレしてるんだよな?
……それって思いっきり、矛盾した話しじゃないのか?
玲香ちゃんの目が、わたしになにかいえと訴えてくる。
でも、うかつなことを口にすると血を見そうで。
え、えっと……。
「きょうもスカートと、半袖だね!」
「は?」
「えっ?」
「だってほら、三藤先輩と一緒で……って、イ、イ、イテッ……」
玲香ちゃんが、僕の手に思いっきり爪を立ててくる。
なんで? 無難に答えたのに、なんで怒るの?
「あのね! スカートじゃなくて、檸檬色のレトロワンピースなの!」
「う、うん……」
「しかもこのリボン! よく見てよ!」
胴回りの、ベルトみたいなやつ?
「腰じゃなくて、首元のリボン!」
そっちか! では失礼して、その白い首元のほうに視線を動かすと。
なんか、虫、じゃなくて糸くず?
「これはね、刺繍! わかんないの?」
「ご、ごめん……」
「まったく。お祭りってね、いつもと違うんだから! 大体、昴君だってちゃんと服とか着てきたでしょ!」
まぁ、いつも服は着てるんだけどさ。
……え?
……と、ということは。
もしかして、お祭りに『制服』って……。
「し、仕方ないわよ! 合宿のときに誰かさんが無遠慮にジロジロ見てきたから、変わった格好をするのが恥ずかしかったのっ!」
三藤先輩が、僕と目が合った瞬間に早口になる。
「ほら〜、昴君のせいだよぉ〜」
「アンタが悪い〜」
そうだった、例のポポポポポポポ、ポニーテール……。
そうか!
ごめんなさい、三藤先輩!
「学校での姿しか知らなくて、物珍しくってつい……」
「ちょ、ちょっと……」
「気をつかわせて、しまってすいませんでした!」
「あーあ……」
僕としては、謝罪のつもりだったのだけれど。
「アンタそれ……。逆に月子先輩を、恥ずかしがらせてるだけだからさぁ……」
……というわけで。
『制服姿』の、三藤先輩は。
それからずっと不機嫌だ。
……初めて降りた駅前は、人がそれなりに多かったけれど。
都木美也と春香陽子の姿は、すぐに見つけられた。
いや。
目立つのですぐにわかった、が正しいのかもしれない。
「おぉっ……」
まずは高嶺が代わりに、感想を述べてくれた。
「さてはお姉ちゃんに、見とれちゃったな〜?」
「そうなの? わたしの浴衣は……どうかな?」
列車の中では、そこまで気にしていなかったけれど。
向日葵、金魚、朝顔の柄が並ぶと、確かに。
浴衣姿の三人が、急に輝いて見えてきた。
「いまさら、みとれるな!」
「まさか照れてきた、とか?」
「あ、ありがとね……」
そういってから、三人が歩き出す。
「い、いきましょうか……」
不機嫌な三藤先輩に、なんとか声をかけると。
先輩は僕のシャツの袖を、やや強めに引っ張って。
「……あのね、海原くん」
「は、はい……」
それから、小さく、小さく。
「わたしだって、浴衣くらいは着られるわよ……」
そういってやや恨めしそうに、僕を見た。
歩行者天国になっている駅前を、みんなでのんびりと歩いていく。
「意外とさぁ。浴衣の中だと、制服も目立つよね」
「陽子のそれ、フォローのつもりかしら?」
少し機嫌を戻しつつある三藤先輩が、そんなふうに答えている。
確かに、三人の浴衣姿は文句なしに綺麗なのだけれど。
大勢の中でひとり、制服姿の三藤先輩も。
それはそれで、道ゆく人たちが。
思わず目で追ってしまう存在感を放っている。
「なんかぁ、わたしも浴衣か制服にしとけばよかったなぁ〜」
「えっと、玲香ちゃんはどうして着なかったの?」
「制服はまぁ、思いつかなかったよ」
ま、まぁそれはなんとなくわかる。
「でも浴衣ってお腹きついと……。食べにくいかな……って」
「なにそれ!」
都木先輩が、楽しそうに声をあげると。
「わ、忘れてた……」
その横から高嶺が、絶望したような声を出す。
そうか、なるほど。
だったらコイツには、一年中浴衣を着せておけば。
毎年失敗しているとかいうダイエットが、ようやく実現できるかもしれない。
「アンタ、なんかいま。すっごく失礼なこと考えてなかった?」
い、いえ。な、なにもいってませんけど……。
「顔に書いたあるからだよ、『昴』」
さらりと僕の名前を口にした春香先輩に、みんなの目が一点集中する。
「よ、陽子……」
「な、なんだかかまだ。聞き慣れないねぇ……」
「いつのまにか、貫禄がついてきてませんか……」
「お姉ちゃんの余裕、だからねぇ〜」
春香先輩は、そういうと。
ドンと、僕に肩をぶつけてから。
「昴、迷子にならないんだよ!」
もう一度、堂々と僕の名前を呼んで。
みんなの先頭を、歩きだした。