恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第二話


 始業式を終え、一年一組の教室に戻ると。
「カイハラ、この前はスマン!」
 山川(やまかわ)(しゅん)が、平伏するかのようにやってくる。

「もう、気にしなくていいから!」
 なぜか、僕の代わりに高嶺(たかね)が許して。
「それよりコイツ。『ウ・ナ・ハ・ラ』だからさぁ!」
 僕からすると、割ともうどうでもいいほうに。新学期早々こだわっている。


「ところで、おふたりさん……」
 また始まったよ、情報屋山川。今度はなんなんだ?
「なんとふたつも、とっておきの情報がある!」
「ええっ……」
 アイツが、露骨にふたつも聞かされるのか……という顔をする。
 一応、『栗色の髪の毛の高嶺さんは、黙っていたらかわいい』って評判。
 かろうじて、残ってると思うから。
 せめて興味のあるフリでもしてやってくれ……。

「い、イテッ!」
 なんで僕の靴を踏んでるんだ? ……って、ちょっと!
「なによ?」
「いや、近いから!」
「は?」
「髪の毛当てたり。鼻息かけないでくれ!」
「はぁ? なにそれ、女子に向かって失礼でしょ!」
 あぁ、二学期初日からこれだよ。
 クラスの男子たちが、お前を見てまた固まってるぞ……。



 ……まったく。
 いつもと違う先生の、始業式の暇な話しを聞いているうちに。 
 玲香(れいか)ちゃんとか美也(みや)先輩とか、あと月子(つきこ)先輩も。
 なんかよく考えると、ちょっと『変わった』気がして。
 だからちょっと、よくわかんないけど。
 せっかく同じクラスだから。
 海原(うなはら)に、いつもより近くにいって『あげただけ』なのに。
 なんなの?
 同じ気がついたにせよ、もうちょっと意識しました、みたいないいかたしてよ!

「ちょ、高嶺!」
 だからわたしは、無理やりアイツの椅子に座ってやった。
 でも、押し返してくるかと思ったら。
 あっさり立ちあがっちゃうなんて……。
 なんか、つまんない……。

「あ、あのぅ。話していいのか、俺……?」
 あ、そいうえば。
 ここに山川が、いたんだった。
 はい、どうぞ。
 早く話してよ! もう、いつものわたしに戻るから、早くして。


「……担任が変わるらしい」
「誰の?」
「俺たちのだよ!」
「ふーん」
「え、高嶺さん? 俺たちの担任変わるんだよ、気にならない?」
「別にぃ……」
「ええっー! もし美人だったらとか、厳しい親父とかだったらどうするの?」
「あ、美人は面倒かも……」
「な、なんでだよ! ロマンだよ、男のロマンだよ!」
「あのさ。わたし、女なんですけど……」

 どうでもいいような話しにつきあわされて、ふと気がついた。
 あれ、アンタなんで会話に参加してないの?
 ……というか、どこいった?
 まさか!
 こいつをわたしの相手にさせて、自分だけ楽しいことしようとしてないよね!
 そう思って、アイツがいたはずの方向を見ると……。
 え、えっ?

「やっほ〜」
「ら、ラッキィ! 最高の学園ライフだっ!」

 やっほ〜、じゃないしさぁ。
 ……やっぱりきたのか、この人が、みたいな?



「きょうから一年一組の担任の、高尾(たかお)響子(きょうこ)です! どうも〜、ヨロシクね〜!」
 山川を筆頭に、男子の目がみんなハートになっている……。
 女子もまぁ、盛り上がるよね。
 あの先生の、正体知るまでなら……。

 ……担任でしょ、英語でしょ、部活でしょ。
 しかもうしろのふたつは、『もうひとり』重なるんだもんね……。

「始業式で飛ばされちゃったから、サプライズで登場しました!」
「ウォーッ!」
「サァープライーズー!」
 アホすぎる男子は、さておいて。
 始業式の司会は、なんだかいつもより澄ました佳織《かおり》先生だった。
 いま思えば絶対、ワザとわたしたちを驚かすためだよね、あれ。
「新任の先生紹介、あえてと飛ばしたわね……」
 おぉ、怖っ。
 もしかして月子先輩だけは、見抜いていたとか?

「まずは……。席替えしよっか?」
 響子先生が、なんかいい出して。
「基本、好きなところに座っていいからねぇ〜」
 うわっ、すっごいテキトーだ。
「もし被ったら、コミュニケーションの練習としてお互いで交渉! 五分ねっ!」
 みんなが一斉に、キャァキャァいいながら席を選び出す。
 ……のだけれど。

 先生が、瞬間移動したようにわたしたちの前にきて。
海原(うなはら)君と由衣(ゆい)ちゃんは、そのままね!」
「へ?」
「はい?」
「だって、もう入れ替わってるじゃない?」
 しまった、そうだった!
 わたしは、そのままアイツの席に座っていて。
 アイツは仕方なく、わたしの席に座っている。
「わ、わたし窓側がいい!」
「そんなの、海原君越しに外見たらいいじゃないの〜」
 だめだ、この目は。
 絶対に、もう変更を許さないって意思表示だ……。
 もうなんなの! まだ初日だよ……。


 ……響子先生は、妙なところでスーパー先生だった。
「実はねぇ、みんなの顔と名前を覚えてきた!」
 クラスがまた、意味なく盛り上がる。
「じゃ、いまから当てて見せるよぉ〜!」
 そういって、パーフェクト。
 先生は、一度も詰まることなく。
 新しい席に座った、クラス全員のフルネームを完璧に当ててみせた。
 しかも、漢字で黒板に書いちゃうし……。
「はい、拍手〜!」
 先生の合図で。
 クラスのみんなが、まるで初めて水族館でアザラシの芸でも見たかのように。
 夢中になって、拍手する。


「……いいなぁ一組」
 そんな評判が、初日のあいだに一年生中に広まった。
「英語の授業も楽しみだね!」
 さすがのわたしでも、そう思った。
「もう俺、学校に住んでもいい!」
 あ、山川のそれは……。
 純粋にうっとうしい。

 ……ただ、ひとつだけ気掛かりがあった。

 六組の前で、女子たちが話しているのが聞こえただけだけど。
「ねぇねぇ。高尾先生って、どの部活の顧問になるのかな?」
 そういえば、自己紹介でもいってなかったな……。

 このとき、わたしは。
 『放送部』には誰もこないで欲しいな、と思ってしまった。

 わたしたちのあの空間は、ほかの誰にも邪魔されたくない。
 たとえ、心が狭いといわれても。

 ……それだけは勘弁してほしいな、と思っていた。




 ……同じ時刻の、二年一組。
「はじめまして、赤根(あかね)玲香(れいか)です」
 わたしは黒板の前で、自己紹介中だ。

藤峰(ふじみね)先生がいて、春香(はるか)さんと、三藤(みふじ)さんと、赤根(あかね)さんまでいたら……」
「俺たちのクラス、最強でしょー!」
「うぉー。燃えてきたぁー!」
「……ごめんね。なんかバカな男子ばっかりだよね?」
「ううん。みんな、ヨロシクね!」
「こちらこそ! でも、赤根さんってかわいい〜!」
 ……えっと。
 本当は早く、月子ちゃんと陽子(ようこ)ちゃんのところにいきたんだけどなぁ……。
 わたしは先ほどから、チラチラふたりをみるけれど。
 陽子ちゃんは、たまに話しに混じってくれては、消えていって。
 月子ちゃんはまぁ……。
 聞いていた通り。クラスでは話さないわよ、みたいな感じだよね……。

「はい! 席はここっ!」
 わたしの座る場所は、廊下側最前列の月子ちゃんのうしろになった。
 ちなみに陽子ちゃんがわたしの隣で、月子ちゃんの隣は唯一の空席。
 もう絶対これって、佳織先生の策略だよね?
 あの意味ありげなウインクが、わたしにぜんぶ教えてくれる。


 次の休み時間、教室に戻ってくるとクラスの子が話しかけてくる。
「赤根さん、部活とかどうするの?」
「あぁ、もう放送部って決めてるんだ」
「えっ?」
「ほら。陽子ちゃんと月子ちゃんのところ」
 一瞬、名前をあげたふたりがビクッとした気がした。
 もしかして、早まったのかも……。
「あの、『機器部』のこと?」
「そ、そういうんだっけ? わたしね、前の学校で放送部にいたからさぁ……」
「さっき陽子ちゃんとかいってたけど。知り合い?」
 まずい、陽子ちゃんに話が飛んじゃった……。
「う、うん。少し前に紹介されて、ね?」
 話しを振られた陽子ちゃんが答えて。
 ……それって、嘘はついていないけれど。
 だけどわたしは少し、傷ついた。

「『あの』三藤さんとも、知り合いなの?」
 周囲の子達の声が、控えめになってわたしに聞く。
「え、ええまぁ……」
 ダメだ。これじゃぁわたしも、陽子ちゃんのことをいえないや……。

「……やめといたら?」
「えっ?」
 思わず、声が大きくなってしまった。
「せっかくだから、ほかの部活も試してみてもいいんじゃない?」
「そうそう、初心者ばっかりだし、ウチのところも」
「わたしも、入ってくれたらちゃんと教えるよ」
 この子たちは、善意でいってくれているんだよ、ね?

「はいは〜い。じゃあ休み時間も終わったから。委員会とか決めるからねー!」
 ……とりあえず、助かった。
 タイミングよく、佳織先生が帰ってきて。
 わたしは隣の席の、陽子ちゃんを見る。
 陽子ちゃんの表情は、『お疲れさま』かな?
 でも、背筋を伸ばして話しを聞いている前の席の月子ちゃんの表情は。
 この席からは、まったく見えなかった。


 ……次の、休み時間。
 サッと席を立とうとした月子ちゃんに、慌てて手を伸ばす。
「ちょっと待って!」
 月子ちゃんは、微妙に届かなかったわたしの手を一瞥すると。
 そのまま廊下に出てしまう。
「あっちゃー。転入生にも容赦ないねー」
「三藤さんはあんな感じだから、ごめんねー」
「まぁ、どうしても話さないといけないときとかあったら」
「そうそう、陽子に頼めばやってくれれるからさ。ねぇ陽子?」
「あれ? 陽子は?」
「愛しの三藤月子の元じゃないのー?」
「なにそれ、ウケるー」

 ふと、周りを見て。わたしは状況を理解した。
 このクラスは、四つにわかれている。
 男子。月子ちゃんと陽子ちゃん。そのふたりを笑う人たち。そのほか。

 ……そっか。
 この人たちは、単にわたしを。
 あのふたりを笑う仲間に、入れたかっただけなのか。
 じゃぁ、遠慮はいらないね。

「ちょっと、いってくるね!」
「どこいくの? トイレとかなら場所わかる?」
「違うよ、ふたりのところ」
「えっ?」
「陽子ちゃんと月子ちゃんのところ。だって、わたしの『友達』だから!」


 ふたりは、廊下のロッカーに教科書を入れていた。
 ……なんだ、すぐ近くでよかった。
「も〜、ひとりで置いていかないでよ〜!」
 わたしはワザと、教室の中まで聞こえるように声に出す。
 それを聞いて。
 ふたりの背中が、ふっと笑った気がした。

 ……このふたりは、誰かを笑ったり、そのための仲間を作らない。
 わたしが欲しかった、友達だ。
 わたしは、裏切らない。
 ふたりの、友達なんだ!



 ……廊下とは、反対側の教卓で。
 夏休みの課題に目を通していたわたしは。
 心の中で小さなガッツポーズをしながら、口元を少しだけゆるめる。

 ちょっと、もめそうだねぇ……。
 ま、そうしたらようやく。
 このクラスも変わるかな?

 小さな波紋はやがて、大きな波を呼ぶ。
 波は、破壊もするが。
 汚れをすすいでくれることも、あるだろう。


 あの子たちが変わって、クラスも変わる。
 その先には、もしかしたら……。

 あの、男の子を。
 頭に浮かべながら。

 わたしは二学期はもちろん。
 この学校のその先が。


 ……とても楽しみになっていた。


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