(番外編集)それは麻薬のような愛だった
春の麗らかな日差しが降り注ぎ桜の満開を迎えた4月の中旬。
雫の愛娘の紬が9歳の誕生日を迎えた。
「おかあさん、おとうさん、早く!」
鈴の音のような可愛らしい声が玄関に響き、声を上げる少女は既に靴を履いてぴょこぴょこと飛び跳ねている。
その声に応えるようにリビングから出てきたのは伊澄で、ショルダーバッグを手に持ちながらリビングに向かって話しかけた。
「雫、先に車に乗ってるぞ」
伊澄からの声かけに、雫はリビングから「はあい」と声を返す。
「んなに急がなくても逃げやしねえから落ち着け。ちゃんと荷物は全部車に入れたのか?」
「ばっちりだよ!昨日から何回もおかあさんとチェックしたもん!」
「ふうん」
溌剌とした紬の声とは対照的に、どこまでもクールな声色の伊澄の返事に雫はクスリと笑う。紬に促されるままに玄関を出ていく2人を見送り、雫もまた出かける前の最終確認を行う。
戸締まりやガスの電源、電気の消灯を確認して鞄の中身をチェックする。そこまで終えてよし、と言って玄関を出て鍵を閉め、先に2人が乗り込んでいるであろう車のある場所へ足を運んだ。
「シートベルトは自分で締めれるな?」
「当たり前でしょ!わたしもう9歳だよ?」
助手席前に立ったところで、中からそんな声が聞こえる。もうお姉さんだもん!と得意げに言う顔は伊澄そっくりで、母親の贔屓目なしに美しく整っていた。
「そうだったな」
そう言った伊澄が口角を上げ自分用のシートベルトを締めると同時、雫も助手席のドアを開いた。