野いちご源氏物語 二〇 朝顔(あさがお)
入道(にゅうどう)(みや)様につづいてお亡くなりになった式部卿(しきぶきょう)(みや)様には、姫君(ひめぎみ)がいらっしゃる。
賀茂(かも)神社(じんじゃ)で神様にお仕えする「斎院(さいいん)」という役職についておられたのだけれど、父宮(ちちみや)がお亡くなりになったので、その役職をお()りになった。
源氏(げんじ)(きみ)とはいとこ同士で、お若いころからたまに文通をなさっているの。
源氏の君は姫君を恋人にしたいとお思いだけれど、姫君は源氏の君の浮気心をご存じだから、恋人になろうとはなさらない。

とはいえ、もしこの姫君が恋人におなりになったら、(むらさき)(うえ)だって動揺(どうよう)なさるはず。
おふたりとも皇族(こうぞく)の姫君だけれど、それぞれの父宮からの扱いも世間からの尊敬も、あちらの方が上でいらっしゃるもの。
今は源氏の君が紫の上をもっとも大切になさっているから、なんとなくご正妻(せいさい)のように世間も思っている。
でも、父宮のご許可がないまま二条(にじょう)(いん)同棲(どうせい)をはじめられたことは、紫の上にとって不利よ。
亡き式部卿の宮様の姫君が、きちんとした手順を踏んで源氏の君とご結婚なさったら、世間はあちらがご正妻だと見なすでしょうね。

正直なところ、紫の上にとって明石(あかし)(きみ)などは恐れる相手ではない。
いくら姫君をお産みになったとはいえ、ご身分が違いすぎるから。
ただ、この朝顔の姫君は脅威(きょうい)よ。
ご自分のお立場が一気に頼りないものになるかもしれない。
それにもしそうなっても、意地悪な継母(ままはは)のいるご実家は頼れないのだもの。

源氏の君は、父宮を亡くされた姫君に何度もお見舞いのお手紙を送っていらっしゃる。
心を開いたお返事がいただけないから、直接姫君をお訪ねしようと思い立たれた。
姫君のご実家には、亡き父宮の妹宮(いもうとみや)も住んでいらっしゃるの。
「私の叔母(おば)にあたる宮様ですが、頼りになさっていた兄宮を亡くされてこれまで以上に寂しくお過ごしでしょうから、お見舞いに(うかが)おうと思います」
と紫の上にはおっしゃってお出かけになる。
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