野いちご源氏物語 二〇 朝顔(あさがお)
叔母宮様は、すっかり老け込んでいらっしゃった。
源氏の君の亡き奥様の母君は、この叔母宮様の姉君でいらっしゃるけれど、あちらはまだ若々しさがおありになる。
この叔母宮様はお声も低くかすれてしまって、何度も咳払いなさるご様子がいかにもお年寄りなの。
「かわいがってくださった上皇様がお亡くなりになって、何もかも心細く思っておりましたのに、兄宮まで私を置いていってしまわれたのです。もういつ死んでもおかしくないと思っておりましたが、こうして源氏の君がお見舞いにお越しくださって、なんとまぁうれしいこと」
とおっしゃる。
ご想像以上に老けていらっしゃることに源氏の君は驚かれたけれど、
「上皇様がお亡くなりになってからは、何もかも以前と違う世の中になってしまいました。私も身に覚えのない罪を着せられそうになりまして、田舎で謹慎することにしたのでございます。しばらくして都に戻ってまいりましたが、そうなると内裏での仕事が忙しく、こちらに長く伺うことができませんでした。叔母宮となつかしいお話をさせていただきたいと、ずっと思っておりました」
と優しくおっしゃる。
「本当につらい世の中ですね。私がどうにかできるはずもありませんから、長生きは損だとばかり思っておりました。しかし、そのおかげであなたにもう一度お会いできたのですもの、命に感謝しなければ。もし田舎へ行かれている間に死んでしまったら、あなたのことが気がかりで仕方なかったでしょう」
叔母宮は震えながらお続けになる。
「お美しく成長されましたね。初めてお会いしたとき、あなたはまだ元服前の子ども姿でいらっしゃいました。『世の中にこんなに美しい子がいらっしゃるのか』と驚きましたよ。でも、それからますますお美しくなっていかれたのですもの。今の帝があなたによく似ておいでだと女房たちが申しておりますけれど、それでもあなたほどではいらっしゃらないだろうと、私は推測しています」
長々と源氏の君のことをおほめになるの。
源氏の君は、
<身分の高い立派な女性は、こんなふうに面と向かって人をほめないものだけれど>
とおかしくなってしまわれた。
「田舎へ行って苦しみましたから、私の見た目などすっかりやつれております。ご想像違いでございますよ。帝こそ、これまでのどんなに美しい方々にも負けないお美しさだと拝見しております」
とお答えになる。
「ときどきあなたにお会いできたら、もっと寿命が延びるでしょうね。今日は老いたことも忘れ、世の中のつらいこともすべて消え去った心地がします」
とおっしゃって叔母宮はお泣きになる。
「姉君がうらやましい」
「姉君」というのは、源氏の君の亡きご正妻の母君のことね。
「姉君はあなたを娘婿になさって、孫君までいらっしゃるのでしょう。あなたと親しい親戚付き合いをしておられてうらやましいのです。兄宮も、かつてそのように仰せでした」
<亡き式部卿の宮様が、私を姫君の婿にしたいと思っていてくださったということか>
と源氏の君ははっとなさる。
「そうなっていればどれほど幸せだっただろうかと存じますが、亡き宮様も姫君も、そこまで本気ではお考えでなかったようでございます」
と、恨めしそうにおっしゃった。
源氏の君の亡き奥様の母君は、この叔母宮様の姉君でいらっしゃるけれど、あちらはまだ若々しさがおありになる。
この叔母宮様はお声も低くかすれてしまって、何度も咳払いなさるご様子がいかにもお年寄りなの。
「かわいがってくださった上皇様がお亡くなりになって、何もかも心細く思っておりましたのに、兄宮まで私を置いていってしまわれたのです。もういつ死んでもおかしくないと思っておりましたが、こうして源氏の君がお見舞いにお越しくださって、なんとまぁうれしいこと」
とおっしゃる。
ご想像以上に老けていらっしゃることに源氏の君は驚かれたけれど、
「上皇様がお亡くなりになってからは、何もかも以前と違う世の中になってしまいました。私も身に覚えのない罪を着せられそうになりまして、田舎で謹慎することにしたのでございます。しばらくして都に戻ってまいりましたが、そうなると内裏での仕事が忙しく、こちらに長く伺うことができませんでした。叔母宮となつかしいお話をさせていただきたいと、ずっと思っておりました」
と優しくおっしゃる。
「本当につらい世の中ですね。私がどうにかできるはずもありませんから、長生きは損だとばかり思っておりました。しかし、そのおかげであなたにもう一度お会いできたのですもの、命に感謝しなければ。もし田舎へ行かれている間に死んでしまったら、あなたのことが気がかりで仕方なかったでしょう」
叔母宮は震えながらお続けになる。
「お美しく成長されましたね。初めてお会いしたとき、あなたはまだ元服前の子ども姿でいらっしゃいました。『世の中にこんなに美しい子がいらっしゃるのか』と驚きましたよ。でも、それからますますお美しくなっていかれたのですもの。今の帝があなたによく似ておいでだと女房たちが申しておりますけれど、それでもあなたほどではいらっしゃらないだろうと、私は推測しています」
長々と源氏の君のことをおほめになるの。
源氏の君は、
<身分の高い立派な女性は、こんなふうに面と向かって人をほめないものだけれど>
とおかしくなってしまわれた。
「田舎へ行って苦しみましたから、私の見た目などすっかりやつれております。ご想像違いでございますよ。帝こそ、これまでのどんなに美しい方々にも負けないお美しさだと拝見しております」
とお答えになる。
「ときどきあなたにお会いできたら、もっと寿命が延びるでしょうね。今日は老いたことも忘れ、世の中のつらいこともすべて消え去った心地がします」
とおっしゃって叔母宮はお泣きになる。
「姉君がうらやましい」
「姉君」というのは、源氏の君の亡きご正妻の母君のことね。
「姉君はあなたを娘婿になさって、孫君までいらっしゃるのでしょう。あなたと親しい親戚付き合いをしておられてうらやましいのです。兄宮も、かつてそのように仰せでした」
<亡き式部卿の宮様が、私を姫君の婿にしたいと思っていてくださったということか>
と源氏の君ははっとなさる。
「そうなっていればどれほど幸せだっただろうかと存じますが、亡き宮様も姫君も、そこまで本気ではお考えでなかったようでございます」
と、恨めしそうにおっしゃった。