野いちご源氏物語 二〇 朝顔(あさがお)
内裏(だいり)でのお仕事も(ひま)な日の夕方、源氏(げんじ)(きみ)はまた朝顔(あさがお)姫君(ひめぎみ)のお屋敷へ行くことになさった。
雪がちらついてよい雰囲気の黄昏(たそがれ)(どき)よ。
上品なお着物に(こう)()きしめて、念入りに身支度(みじたく)なさったわ。
(むらさき)(うえ)に何も言わずにお出かけになるわけにはいかないから、ご出発の前に離れへ行って、声をおかけになる。
叔母宮(おばみや)が心細そうになさって、ご体調もよろしくないようですから、お見舞いに行ってまいります」
源氏の君は返事をお待ちになるけれど、紫の上は源氏の君の方をご覧にもならない。
明石(あかし)姫君(ひめぎみ)をあやして遊んでいらっしゃるの。

ずいぶん不機嫌なご様子なので、言い訳をなさる。
「どうしてそんなふうに怒っていらっしゃるのです。私には心当たりがないけれど。最近内裏に泊まることが増えたせいですか。それには理由があって、いつも一緒にいたら、目新しさがなくなってしまうでしょう。あなたが私に()きてしまうのではないかと思ってのことなのですよ」
女君(おんなぎみ)は、
「おっしゃるとおり、目新しさのなくなった女ほどつらいものはありませんね」
とだけおっしゃると、背を向けておしまいになる。

そのままにして出かけるのも心苦しくなるようなご様子よ。
でも、叔母宮にお見舞いに行くことを手紙で伝えてしまってあったから、源氏の君はお出かけになった。
雪の光に照らされて、源氏の君の後ろ姿は上品でお美しい。
<こんなことがあっても不思議ではないのに、これまで源氏の君のご愛情を信じ切ってしまっていた。本当に(さきの)斎院(さいいん)とご結婚なさって、私のところへはめったに訪れてくださらなくなったら、私はどうなってしまうのだろう>
と、女君は初めての不安に苦しんでいらっしゃる。

源氏の君はお(とも)の数を最小限にして、なるべく目立たないように姫君のお屋敷へ行かれる。
「内裏以外へ出かけるのはもう面倒なのだが、叔母宮が心細そうにお暮らしなのでね。式部卿(しきぶきょう)(みや)様がお元気だったころは安心してお任せしていればよかったけれど、お亡くなりになった今は、私を頼っておられるのだ。他に頼れる方もいらっしゃらない。そっけなくするのはお気の毒で」
と、ご自分からお供に言い訳をなさる。
もちろんお供は、源氏の君の本当の目的が叔母宮ではなく姫君だと知っているのよ。
「女好きのお心はいくつになってもお変わりないらしいな」
「何もかも完璧な方でいらっしゃるのに、そこだけが残念な欠点だ」
「姫君と文通以上の仲だと(うわさ)になったら、おふたりとも軽率(けいそつ)なふるまいだと言われてしまうだろう」
と、口々につぶやきあっている。
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