優しい声の人
信号待ちの横断歩道で、ふと立ち止まった私に、千歳さんも歩みを止めた。
街灯が私たちの影を長く伸ばしている。心臓の音が、風の音よりも大きく聞こえる気がした。
「……今日は、来てよかったです」
「うん、僕も。誘ってよかったって思ってる」
「……あの」
言葉が喉に詰まりそうになって、それでも逃げたくなくて、
私はまっすぐに彼を見た。
「また……こうして、会えたらいいなって。今日みたいな時間を、また過ごせたらって……思ってて」
小さな声だったけれど、精一杯の気持ちを込めた。
そっと目を伏せた私の前で、千歳さんが一歩、近づいてきた気配がした。
「葉月ちゃん」
呼ばれるだけで、胸がじんわり熱くなる。
「……俺も。今日すごく楽しかった。だから……ちゃんと付き合いたいって、思ってました」
「……っ」
「焦らせたくなくて、言うの迷ってたけど……言ってくれて、ありがとう」
ふっと視線が合って、少しだけ笑い合う。
緊張も、不安も、ぜんぶほどけていく気がした。
そして――
「……いいですか?」
「え?」
千歳さんがそっと手を伸ばして、私の前髪をやさしく払った。
そして、そのまま、ゆっくりと顔を近づけて――
おでこに、ふわりとキスを落とした。
その瞬間、心の奥があたたかく溶けていくのを感じた。
「はい、これで契約成立ってことで」
「……ふふっ。やさしいくせに、ずるいですね」
「よく言われます」
笑いながら、ふたりで歩き出す。
駅の灯りが、どこまでもやさしく照らしていた。
そして私は、確かに思った。
あの日、静かに名前を呼んでくれた――あの声から始まったんだと。
――「優しい声の人」だったから、私は恋に落ちた。
終わり
街灯が私たちの影を長く伸ばしている。心臓の音が、風の音よりも大きく聞こえる気がした。
「……今日は、来てよかったです」
「うん、僕も。誘ってよかったって思ってる」
「……あの」
言葉が喉に詰まりそうになって、それでも逃げたくなくて、
私はまっすぐに彼を見た。
「また……こうして、会えたらいいなって。今日みたいな時間を、また過ごせたらって……思ってて」
小さな声だったけれど、精一杯の気持ちを込めた。
そっと目を伏せた私の前で、千歳さんが一歩、近づいてきた気配がした。
「葉月ちゃん」
呼ばれるだけで、胸がじんわり熱くなる。
「……俺も。今日すごく楽しかった。だから……ちゃんと付き合いたいって、思ってました」
「……っ」
「焦らせたくなくて、言うの迷ってたけど……言ってくれて、ありがとう」
ふっと視線が合って、少しだけ笑い合う。
緊張も、不安も、ぜんぶほどけていく気がした。
そして――
「……いいですか?」
「え?」
千歳さんがそっと手を伸ばして、私の前髪をやさしく払った。
そして、そのまま、ゆっくりと顔を近づけて――
おでこに、ふわりとキスを落とした。
その瞬間、心の奥があたたかく溶けていくのを感じた。
「はい、これで契約成立ってことで」
「……ふふっ。やさしいくせに、ずるいですね」
「よく言われます」
笑いながら、ふたりで歩き出す。
駅の灯りが、どこまでもやさしく照らしていた。
そして私は、確かに思った。
あの日、静かに名前を呼んでくれた――あの声から始まったんだと。
――「優しい声の人」だったから、私は恋に落ちた。
終わり


