恋焦がれ
 三回目のデートで告白しなければ、付き合える確率が大幅に下がる。

 恵が深刻そうに告げたその一言が、それを告げられた日からちょうど三日経った今日でも頭の中を駆け巡っていた。

 次、デートと呼べる用事は明日、水曜の読書会くらい。あれをデートと呼んで良いのかなんて思ったが、恵によると二人でどこかに出かけるだけでデートになるのだから、もうこれすらもデート判定になるのだろう。

「はあ……」

 僕はワイワイガヤガヤ、少し浮わついた空気の、普段とは少し景色が違う教室で、できるだけ人の目のつかないようなところでしゃがみ込んだ。

「どした? 腹痛いのか?」

 竹内海斗は何やら宣伝用のボードのようなものと、十色分入ったペンセットを持って僕の方へわざわざ出向き顔を覗き込んできた。

 相変わらず世話焼きなやつ。

「大丈夫。心配かけてごめん」
「いやそれは良いんだけど」
「さっきまでちょっと重い荷物運んだけど、それで疲れちゃって。流石にそろそろ体力つけないとなって」
「マジかよ、それはつけた方がいいわ。運動部でも入ったら?」
「うーん……」

 運動部なんて入ってしまったら菊田さんとの読書会に行けなくなってしまう。

 でもまあ、水曜日が休みになっている部活に入ればいいって話。だけど、特別何かの部に入りたいというわけでもないし、図書委員もある。体力作りなんて軽い気持ちで部活に入るのは、なんだかよろしくない気がして、そのちょっとよくないなという、いわゆるピンと来ないに翻弄され、僕は今の所帰宅部を貫いている。

 図書委員もあるし、入るとしたらそこまで活動日が多くない部がいいなあ。

 きっと入らないだろうに、そんな無駄なことを考えてしまう。

「まあ無理強いはしないけどなっ、あ、清水今暇だったら一緒にこれ、塗りにいこうぜ」

 そう言って竹内が指さしたのは大きなカジノ、と筆記体で書かれた文字。ダンボールが切り取られてその形になっている。

 ダンボール本来の色のままだとやっぱりカッコ悪いので色を塗りにいこうというお話だろう。

「うん。いこう」
「よし。じゃあ清水はそこにあるペンキスプレー取って持ってきて」
「わかった」

 俺はダンボールで隠れた数本のスプレー缶を取り出して両手で持つ。

 後ろからさっきまで持っていた荷物を戻し、大きな文字を持ち出した竹内が早くも向かってきていた。

 五月二十一日、火曜日。

 約一週間後に迫る文化祭の準備に日々の放課後は追われている。

 僕たちのクラスの企画はカジノ。文化祭のクラス企画の定番だ。

 僕たちのカジノは、和風だったり未来風だったり、そういうちょっとしたアレンジも何も加えない、ザ・カジノを行うらしい。

 うちの高校は毎年二つ三つはカジノを企画として使うクラスがあるらしいけれど、大体ちょっと捻ったカジノなのだそうだ。

 そこで、こっちの方が逆に目新しいんじゃないか、っていうのが文化祭実行委員である宮路の意見。それがなんだか採用されてしまって今に至る、と言った感じ。

 ちなみに文化祭実行委員となった宮路は教壇でクラスメイトを仕切っている。

「あいつが実行委員になったって聞いた時はどうなるかって思ったよ」

 竹内は俺が宮路を見ていることに気がついて、そんなことをぼやいた。

「それは分かる」
「だよなあ。でもそれが意外とできちゃって、この前の宮路が組んだ神みたいなシフト見た時俺業者に頼んだんじゃないかって疑っちまったしよ」

 お調子者っぽい宮路もやるときはやれるタイプで、宮路のおかげで意外とスムーズに準備が進められている。

 竹内が今言った神みたいなシフト、っていうのは宮路が作った計算され尽くしたシフトのことだった。

 仲良い奴らは同じ時間にシフトが入ってあったり、同じ時間が休憩時間になっていたり。勿論それは部活のシフトや委員会のシフトも考慮されていて、それに加えてとてもわかりやすい。

「宮路って意外と頭良いからね」
「そうだよな、意外と」

 ニシシと意地悪く笑う竹内は宮路の才を認める良き理解者。普段ふざけていて勉強もそこまでしていないのに好成績をとれる宮路の脳みそを、妬むような人間も結構いる。

 竹内も僕もそっち側では絶対に無い。

「ああいう奴がどんどん良い大学に進んでどんどん良い企業に就職してどんどん良い役職に就いていくんだろうなあ」

 竹内が珍しく嘆くようにそんなことを言った。竹内は妬みはしないものの、羨むことはあるらしい。

「僕としては竹内も会社で重宝されそうだなって思うけど」
「どこら辺が?」
「う〜ん、営業とか? ズカズカ人の懐に入り込んで相手の心を掴みそう」
「マジか」

 将来は営業に就職かなあなんて遠い目をする竹内。

「まあ竹内は目の前のことに集中した方がいいと思うけどね」
「目の前のことって?」
「そりゃあ、成績とか」
「俺はスポーツ推薦で学校行くって決めてんの!」
「それでも最低限の学力は必要でしょ」
「それが必要ないくらいのビッグな選手に俺はなるんだ!!」

 腕を組みうんうんと頷く竹内は、こう見えてバスケ部の期待の新星。一年である身なのにレギュラー入りを果たしている。うちの高校にだってスポーツ推薦で入学してきたタチだ。

 うちの高校のバスケ部は結構強豪で、全国大会にも何度か出ている。ちょうど今年は粒揃いで十年ぶりの全国大会も夢じゃないと竹内が興奮気味に言っていたのを思い出す。

 宮路にはその類稀なる頭があって、竹内には自在にコントロールできる肉体がある。

 じゃあ僕には? 僕には何があるのだろう。

「おい、何してるんだ? もう行くぞ」
「うん、行こう」

 トタトタと容易に一段飛ばしで階段を降りていく竹内の背中はだんだんと遠くなっていく。僕はその竹内の背についていった。

 カラカラと、ペンキのスプレー缶が音を立てていた。
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