(改稿版)小児科医の恋愛事情 ~ 俺を選んでよ…もっと大事にするから ~
「俺、茉祐子が困ってる時に話を聞いてやれなくて、それどころか責めた・・って前に言ったよな。あれ、どのくらい前だったか・・・・」

大翔は過去のことを思い出しながら、淡々と話を進める。
俺も、ただじっと聞いていた。


5年くらい前。
彼女がフリーランスになる前のことだったらしい。

大学病院と、彼女が勤務していた翻訳会社が業務提携していて、彼女はある研究室に出入りするようになった。

そこには奥さんを亡くしたばかりの教授がいて、真摯に仕事をする彼女の存在が、いつしか教授の悲しみを埋めるようになり、愛情を向ける対象になっていったそうだ。

でも、彼女はその愛情を受け入れなかった。
あくまでも、仕事上のパートナーでしかないと。

ただ、相手の教授の精神状態が不安定だったことと、下手に『教授』という地位や権力があったことが良くなかった。
正攻法で受け入れられなかったことで、その教授は故意に彼女とふたりきりになるようにしたり、ふたりだけの出張を組んだりするようにもなった。

当然、彼女は抗議した。
教授本人にも、翻訳会社にも。

そんな噂話を事前に聞いていた大翔は、たまたま都内で開催されていた救急医学会で彼女に会い、それに近い話を彼女から直接聞いたのだという。

ただ、大翔は講演の最中にも関わらず、救急搬送の数が多かったことで病院から呼び出されていて、帰り支度をしながら半分上の空で話を聞いたらしい。

「俺、ろくに話を聞いてなかったくせに言っちゃったんだよ。茉祐子に隙があったんじゃないのかって。そしたら茉祐子が俯いてさ、『かなり飲んで酔った時に、一度だけ・・』って言ったんだ。それ聞いて、自業自得だろって責めた・・・・」

大翔は、深く息を吐いた。

その後、彼女は会社を辞めてフリーランスになったことで、その教授とも会社とも切れたようだった。
ただそれも伝え聞いた話だから、実際にどうだったか、今がどうなのかは分からないと大翔は言った。

「俺が祐一郎に話せるのはここまでだ。あとは・・茉祐子本人に聞くしかないな・・」

「そんなこと、できるわけないだろ・・」

そう、できるわけがない。
聞く勇気がない。

彼女の辛そうな顔を見るのも嫌だし、なによりも彼女を責めるであろう俺に、俺自身が失望しそうだからだ。



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