過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜
目を覚ましてから、しばらくぼーっとしていると、看護師が静かに病室へ入ってきた。

「モニター外しますね」と柔らかく声をかけながら、胸元に貼られていたコードを外し、次に体温計を脇に挟んで血圧計のカフを巻く。

カチカチと鳴る音を聞きながら、雪乃は心なしか呼吸を浅くしていた。

「はい、36.9度、血圧は……まあ問題なさそうですね」

看護師はちらりと時計を見て、メモをとると、
「このあと神崎先生来ますので、お待ちくださいね」
と言い残して、またどこかへ向かって足早に病室を出ていった。

ひとりきりの静けさ。

胸の奥に重たい塊が沈んでいるような気がして、雪乃は視線を下げていた。

やがて、
「おはようございます」

カーテンの隙間から神崎が現れた。

白衣の袖をまくりながら、淡々と聴診器を耳にかける。

胸元に軽く触れて診察を始め、脈を取るように手首に指を当てたあと、
「体、起こせますか」
と静かに促された。

雪乃は頷いて、そろそろと上体を起こす。

背中を壁につけるように座ると、神崎は少しの間、何も言わずに目を閉じた。

数秒後、大きく息を吐きながら目を開けたその表情には、怒り、安堵、そして呆れ——さまざまな感情がにじんでいた。

「……なぜ、こういうことになったんですか」

その問いは、責めるというよりも、理由を知りたいという真っ直ぐな目だった。

雪乃は唇を結んでから、ゆっくり言葉を探すように話し始めた。

「高道さんっていう、お客さんで……指名入って。お酒を飲めって、何度もすすめられて……」
「断れなかったんですか?」
「……はい」
「どうして?」
「他の子が来るまでの“つなぎ”だって、わかってて……でも、怖くて。嫌われたくなかったんです」

神崎はゆっくりと腕を組み、しばしの沈黙のあと、言った。

「雪乃さん、あなたの身体が、どういう状態なのか自分で理解していますか?」

その声は静かだったけれど、確かに怒っていた。

「心臓に持病がある人間が、アルコールを過剰に摂取して、どうなるか想像できますか? 一歩間違えば……」
神崎は言葉を止め、呼吸を整えるように深く息を吸った。

「死ぬんですよ。本当に、命に関わる。今回だって、救急搬送されてなかったら、どうなっていたかわかりません」

雪乃は、胸が締め付けられるような思いで、その言葉をすべて受け止めていた。

怒られるのは当然だった。

でも、それ以上に、自分を心から心配してくれているのがわかった。

「あなたは、自分をもっと大切にしないといけない。もう大人だから、好き勝手に生きていいっていう意味じゃない。大人だからこそ、自分の身体と責任を持って付き合わなきゃいけないんです」

雪乃はうつむいた。

何も言い返せなかった。

神崎の言葉が、胸の奥に、痛いほど真っ直ぐに刺さった。

「……すみません」

小さく呟いたその声は、震えていた。

神崎はすぐには返事をせず、少しだけ彼女の横顔を見ていた。

やがて、また静かに口を開いた。

「今後の治療については、また話しましょう。まずは、身体を休めること。それが一番大事です」

そのときの彼の声は、叱る口調ではなく、ただ優しく、医者として、ひとりの人間として、彼女を包むものだった。
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