過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜
車いすの上で、雪乃は無言のまま運ばれていった。
病室の静けさに戻った瞬間、現実がまた静かに圧し掛かってくる。

全身が重く、心臓の鼓動がずっと胸の奥で不快に響いている。
どくん、どくん、と、規則的なのにどこか不穏で、何かが間違っているような感覚。

「また、こうして……」

何もできないまま、また人の手を借りて戻されたことが、情けなくて悔しくて、目を閉じても心が落ち着かない。

ベッドに寝かされてまもなく、カーテンの隙間からひょっこり顔を出したのは、夕方の回診で見かけた医師だった。
白衣を着ていても、どこか“部外者”のような印象を受ける。

「38.3度か」

感情のない声で体温計を読み上げ、電子カルテをスクロールしながら、ぼそりと漏らした。

「心室中隔欠損ねー……長いこと治療してないの? そりゃこうなるよね」

胸に突き刺さるようなその言葉に、無意識に唇がきゅっと結ばれる。
説明する気力も、反論する力もない。ただ黙って、天井の模様を見つめた。

(こっちは好きでこうなったんじゃない)

叫びたいのに、喉の奥で言葉が詰まって動かない。

「血液検査は明日ね。今はどうにもできないから。神崎先生が明日来るし。それまで経過観察で」

ただの“処理”みたいに告げて、彼は看護師に「よろしくねー」とだけ言って部屋を出ていった。

(雑だな……)

診られているんじゃない。
“壊れたものの管理”をされてる――そんな感覚。

急に胸の奥がざわざわし始める。

(私、ただ置かれてるだけなんだ……)

言い知れない不安がこみ上げてくる。
“何かおかしい”という身体の叫びも、“それでも助かりたい”という願いも、この人には届かない。

取り残された気がした。

すると、残っていた看護師がふと顔を覗かせて、柔らかな声をかけてくれた。

「何かあったら、いつでもナースコールしてくださいね」

その一言が、かろうじて心に引っかかって、少しだけ落ち着く。

雪乃はその日、何度も眠りに落ち、何度も不意に目を覚ました。

身体は鉛のように重たく、心臓の違和感は一向に消えない。
脈はあるのに、命の実感が遠い。

ぼやけた天井を見つめながら、
(このまま朝を迎えられなかったら……)
そんなことまで考えてしまう。

静かで長い夜が、部屋の隅でひっそりと明けようとしていた。
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