過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜
雪乃は目元をぬぐいながら、ゆっくりと息を吐いた。

「……泣くつもりじゃなかったんですけど」

「泣いていいよ。つらいこと、いっぱいあったでしょ」

神崎の声は低くて、優しかった。

病院という場所の中で、医者という立場で、こんなふうに人と接していいのかと迷う瞬間もあるのかもしれない。でも彼は、今は迷っていないように見えた。

「……もう、なんで先生がここにいるのか、よくわかんないです」

「俺も、なんであのキャバクラで君と会ったのか、今でも不思議だよ」

「水しか飲んでなかったくせに」

「言うねぇ」

ふっと、二人の間に柔らかな空気が流れた。

「——そうだ、ひとつ話しておきたいことがあるんだけど」

神崎は、ふと真面目な表情に戻る。

「以前、君が外来に来たとき。あのときすでに、病院のソーシャルワーカーに君のことを相談してた」

「……そうなんですね」

「うん。連絡先も不安定だったし、保険証のことも聞いてたから。今後、治療が必要になったとき、すぐに動けるように」

「……ありがとうございます。でも、すごいですね。そこまで考えてたなんて」

「それは君が、ただの『患者』って感じじゃなかったから、かもしれない」

「ただの患者じゃない?」

「なんていうか……もうちょっと、放っておけない存在だった。あのときから、ずっと」

雪乃は言葉を失い、少しだけ視線を逸らした。

自分でも気づかないうちに、神崎という存在が少しずつ心の中に入り込んでいたことを、改めて思い知らされる。

「……じゃあ、そのソーシャルワーカーさんに、また相談してもいいですか」

「もちろん。すでに保険証の申請の段取りも進めてる。住所とか、確認することもいくつかあるけど、それは後でゆっくりでいい」

「……なんか、先生が全部先回りしてて、ちょっと悔しい」

「ごめん。でも、君が安心して治療を受けられるようにしたかっただけ」

「……ずるいな、先生は」

雪乃がぽつりとこぼすと、神崎は少し困ったように笑った。

「ずるくてもいい。君がちゃんと生きてくれるなら、それでいいから」

しんとした病室の中で、心拍モニターの電子音がリズムを刻んでいた。

それが、彼女の命がここにあるという確かな証のように、静かに鳴り続けていた。
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