過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜
午後、予定されていた抗生剤の点滴が始まる時間になった頃、病室のドアがノックされた。

「失礼します」

白衣姿の男性が入ってくる。

雪乃は一瞬戸惑ったが、すぐに見覚えのある顔だと気づく。

以前、検査の立ち合いのときにもそばにいた、あの落ち着いた雰囲気の医師。

「神崎先生が外来でバタついてるので、代わりに僕が来ました。滝川といいます、覚えてる?」

「……はい。検査のときに、そばにいてくれましたよね」

「そうそう。そのあとも何度か、神崎から大原さんのこと、報告もらってました。今日から本格的に治療、始まりますからね」

滝川はそう言いながら、点滴の準備をする看護師に一言声をかけ、雪乃のそばの椅子に腰を下ろした。

「抗生剤って……強い薬ですよね?」

雪乃が小さく尋ねる。

「うん。少し体に負担がかかる薬だけど、それだけ強く効くってことでもある。副作用が出ないか、様子を見ながら調整していくよ」

雪乃は頷いたが、表情にはまだわずかな緊張が残っていた。

それを見て、滝川はゆっくりとした声で言った。

「不安、あるよね。誰だって、病気になって入院して、治療って言われても、すぐに受け入れられるもんじゃない。ましてや、心臓に関わることだもん」

「……怖いです」

「うん、それでいい。怖いって言っていい。大事なのは、そこから逃げないこと。君はちゃんと向き合ってる。それだけで立派だよ」

優しい語り口に、雪乃の表情が少し緩んだ。

「……先生、なんでそんなに優しいんですか?」

「ん? ああ、それはね……」

滝川は少し笑って、天井を仰いだ。

「神崎の教育係だったからかな。あいつ、最初はまったく患者の気持ちを読むのが苦手だったんだよ。融通利かないし、優しいくせに優しくできないっていうか……まっすぐすぎてさ」

「……想像、つきます」

「でしょ? でもね、不器用だけど誠実なやつなんだ。時間はかかっても、目の前の人のために何ができるかって、真剣に考える。今も君のことで、ずっと気にしてる。外来がなければ、絶対ここに来てるはずだから」

雪乃は、小さく頷いた。

「……なんとなく、わかります。そういう人だって」

「じゃあ、彼が戻ってきたら、ちょっと笑ってあげて。あいつ、患者さんに笑ってもらえると、それだけで救われるタイプだから」

「はい……わかりました」

そのとき、看護師が点滴の針を刺し終えた。

「ゆっくり始めますね。気分が悪くなったり、しんどくなったらすぐ言ってくださいね」

点滴がゆっくりと滴り始める。

雪乃の腕から、身体へと薬が流れ込んでいく感覚。

少しだけひんやりとして、でもどこか安心するような気もした。

滝川は立ち上がり、カルテに軽くメモを残してから、雪乃に言った。

「また何かあったら、僕にも言ってね。神崎だけじゃなくて、チームみんなで君を支えるから」

「……ありがとうございます」

そう答える雪乃の顔には、ほんの少しだけ安堵の色が浮かんでいた。
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