こちら元町診療所

「これ以上用がなければ失礼します。
 あと、こんな狭い路地にこんな大きな
 車を路駐されたら他の方に迷惑
 なので今後はご遠慮ください。」


ガチャ


睨みをきかせる相手にそう伝えると、
車の外で待つ秘書の方にもお辞儀をして
エントランスに向かって歩いた。


叶先生も伊東先生も大好きだ‥‥


こんな態度をとった私に、もしかしたら
大志さんは呆れるかもしれないな‥‥。


到着したエレベーターに乗り込むと、
どっと疲れが押し寄せ、壁にもたれ
かかった。


棗先生のおどしはとんでもない忠告
だったんだって思い知らされた。


あの日大志さんの家にあの母親が
来ていたらと想像するだけで
冷や汗が出る始末だ。


「あぁ‥‥どうしよう‥‥」



そんな悩みも解決する暇もなく次の日
危機が目の前に訪れた。




『‥‥叶先生を呼んでくださる?』


「‥‥‥本日の診察は終了しております
 ので、お急ぎでしたら市内の個人
 病院をご案内致します。」



忙しい午前診療を終えてただでさえみんなクタクタなのに、医事課の受付に
現れたそこに似つかわしくない女性に
全員が釘付けになる


息子の職場まで直接来るなんて信じられない‥‥。


2、3日辺りを警戒しつつも何もなかったから、もう会うことはないだろうと
思っていたのに、あまりの常識のなさに
顔が引き攣ってしまう


『ここは息子にも合わせてもらえないの
 かしら?』


「お会いしたいようでしたら、勤務外
 でご連絡をとったらよろしいのでは
 ないですか?」


『あなた‥私にそんな態度をとって
 いいのかしら?‥‥こんな小さな
 診療所、私の一声で潰すなんてこと
 簡単なのよ?』


‥‥えっ?
つぶ‥‥す?この診療所を?


綺麗過ぎる顔を少しも乱さず真顔で
私を見つめるその視線に寒気が走る


「ッ‥‥あの‥」

『こんなところで何をしてるんです?』


ドクン


聞こえた声で安心感に包まれると、
視界の角でオドオドしている課長が目に入った


課長が叶先生を呼んできてくれたんだ‥‥。役に立つじゃない‥‥。


挑発すれば帰ってくれるかと思って
いたけど、私が想像もできない世界で
生きて来た人はこんなことじゃ揺れない


私のせいで職場にまで迷惑かけて
申し訳ない気持ちと、大志さんに
先日のお母さんとのことを伝えれていない後ろめたさで俯く


『大志さん。アメリカから久しぶりに
 帰ってみれば、大学病院を辞めて
 こんな場所であなた一体何を
 してるの?』
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