こちら元町診療所

いつの間に私の背後に来たのか全く
分からなかったから、耳元を掠める
少し低めの声に一瞬体が小さく震える


「よ、呼んでもむ、無視します！！
　‥‥‥ッ‥もう行きます！！
　次からは私用目的で人を使うのは
　辞めてください！！」


慌てて距離を取り、カーテンを勢いよく
また閉めると、向こう側で面白そうに
笑う声に思いっきり眉間に皺が寄る


4月からこの元町診療所へやってきた
内科医師　叶　大志　


恵まれた容姿や背丈に加えて、
一度診察が始まれば、あの笑顔に
患者様も看護師もみんな釘付けになる


叶先生に会うだけで、血圧が上がる
患者様もいれば、症状が軽減された
という人までいるのだ


‥‥‥分かるよ？あの容姿と雰囲気
で癒されるのは分かるけどさ‥‥‥
ここは小さな街の診療所なんだよ？


隣の市には大きな病院が沢山あるのに、
敢えて診療所にみんなやって来る‥‥


叶先生が来られる前なんて、1日30名
来たら今日は大忙しだったね？なんて
思えてたのに、今なんて多いと午前で
100名は余裕で超える。


大体が軽症やリハビリが多く、診察
時間にそれほど待ちは出ないものの、
中には本当に早い治療が必要な患者
様だっているのだ


診療所的には黒字でありがたいけど、
本来の形を見失いたくはない‥‥



「‥はぁ‥‥戻りました。」


『あっ、やっちゃんおはよう！』


「課長！！ここでその呼び方は
　辞めて下さいって言いましたよね！」


『ヒッ！！そ、そんな怒らなくても‥
　だってさ‥僕たち家族でしょう？』


ギロっと課長を睨むと、
目をキョロキョロ泳がせてから
しょんぼりして椅子に腰掛けた。


長沢　翔（ながさわ　かける）32歳は
私の姉、翠（みどり）の旦那様だ。


昨年、長い交際を得てようやく結婚し、
現在お姉ちゃんは妊娠5ヶ月となり、
家でリモートワークをしている。


課長が嫌いじゃないんだけど、
職場では他の職員さん達は義理の兄だと知らない人が多いから部下として
普通に接したい


『ふふ‥靖子さんおはようございます。
　その様子だとまた呼び出されたんで
　すね？ほんと、叶先生は靖子さんの
　事が大好きなんですね。』


「はぁ？好きじゃないでしょ？
　あれは言うこと聞く部下ができて
　揶揄って遊んでるだけ。
　ほんっと‥いい迷惑だから。」


受付事務をしてくれている浜ちゃんこと
浜川　亜衣（はまかわ　あい）が
ニコニコしながら受付の準備をし始めた


私の所属する医事課は
部長、課長、職員の河野君、浜ちゃんと
5人で日々の業務をこなしている。


今までは5人でちょうどいい仕事量
だったのに、アイツが来てから、
人手不足に悩まされているのだ