それでも、あなたを愛してる。【終】
「あの日、あの子が、悠生(ユキ)が後ろから貫かれた瞬間、どうして私には無限の命がないのだろうって思ったの」
横たわりながら、指一本動かない中、悠依が最期に願っていたのは、子供達の平穏だった。
「そして、遠くで聞こえてくる赤子の、依月の泣き声を聞くことが辛くて辛くて仕方がなかった。今すぐ立ち上がって、ふたりを抱きしめに行きたかった。大きくなったふたりをずっと見ていたかったし、依月に“お母さん”と呼ばれたかった」
そう言って、静かに泣き始める妻を、叶は抱き寄せて。
「悠生は泉に落ちて、即死でした。貴方の介入がなければ、翌日にも遺体で見つかっていたでしょう。依月も貴方の介入がなければ、あの時点で殺されていました。僕達も……貴方が手を差し伸べてくれなければ、あの家に巣食う怨霊のひとつになっていたかもしれない」
─正直のところ、巡は運命を正しただけだ。
創世神たるユエから零れ落ちた存在である自分は、同じく一部の悪神をどうにかしなければならないと思っていた。
自分は悪の感情を吸収しても、それを巡らせ、善の感情に変えることが出来る力に気付いてからは、それを悪神に試してみようと思った。
上手くいけば、悪神を消せるから、と。
今思えば、ユエが創世神たる存在だった時、願った能力だったのだろう。
全知全能であり、この世界を生み出しておきながら、世界を、全てを恨んで死んで、否、消えていくことが辛かった創世神は、恨みなどの悪の感情を、最愛を失ったことによる悲しみで生まれた泉に沈めてしまった。
その際、一緒に良心と呼ばれる一部を、今の巡の前身を落としてしまって、それが巡り巡って、今の巡となった。
「でも、叶。僕は君たちの息子を利用した」
良心たる存在でなければならない僕は、人の大切なものを、愛するものを利用して、世界を、運命を正そうとした。
「利用したんだ。そのせいで、悠生は【運命の調律者】なんて役目に縛り付けられることになって、君達はこの空間から抜け出せなくなってしまった。それに、僕は介入したくせに大きな力は無いから、依月がとりあえず死なないように仕向けることしか出来ない、18年間だった」
ずっと、見ていた。
ずっと、ずっと、彼らを助ける前から。
遥か昔から、四季の家には常に運命を歪めようとする人々がいる。
そして、歪みで犠牲になる人達はいつも、この世界の大きな流れにある“やるべき事”を遺していなくなり、それを許すことが出来ない大きな流れが、彼らの魂を縛り付けた。
縛り付けられた魂達は時が経つにつれ、意識をなくし、自分を忘れていく。
それは嫌だった。そんなの、見てられなかった。
互いを思いやる、幸せな夫婦、家族。
産まれてくる命を楽しみにしていて、温かなその場所に憧れた。
彼らから目を逸らせなかった。
そんな彼らの、あんな終わりは、嫌だったから。彷徨ってなんて欲しくなかったから。