それでも、あなたを愛してる。【終】


悲鳴が上がる会場の中を歩きながら、氷見家の人間に手をあげるその姿。
─父親に苦しめられてきた、被害者。

「柊家当主の座は父の死後、紫様の御子であられる紫苑(シオン)兄さんに移るはずでした。ですが、周囲が、お前達がそれを許さなかった!そしてあろうことか、契約という制度を、他家の血液を用いて濫用し、四季の家を、時代を、混沌へと陥れた!」

─物言えぬくらい、負傷した氷見家当主。

「お前達は、我が宗家には要らない」

ハッキリと断言する姿。
その姿はあの泣き虫な姿からは想像もつかず、悠生は思わず、笑ってしまう。

「恐れ多くも、叶伯父様をっ!紫苑兄さんまでもを手にかけようとするなど!迷惑千万!くだらぬ野望に、多くの人を、運命を掻き乱した責任を、その身で贖え!!」

─一瞬、目が合った気がした。
昔のように、今にも泣きそうな子供の目。

「彩蝶様」

絢人は冷静さを取り戻すように深呼吸をして、

「─今、この場で彼らの全ての罪を問い、彩蝶様に裁きを求めます」

申し出に、彩蝶はため息をついた。

「─それで、柊家はどうする」

「紫苑兄さんが此処に戻られるまで、私が」

「戻るのか?」

「必ず、連れ戻します」

「そうか。だが、ここでは厳しい。罪状はすべて明らかにし、全ての罪を問う必要がある。なので、明日、四ノ宮家へ」

「……かしこまりました」

「ああ。この度は御苦労であった。─連れてけ」

警備に伝えた彩蝶を見て、彼らは意識のない当主をはじめとし、喚く人々を問答無用で連れていく。

「氷見家の令嬢、君もだ」

「……」

彼女は喚くことも、誰かを罵ることもなく、そっと瞳を伏せると、頭を下げた。

そして、静かに会場を後にする。
その後を、夜霧がついていく姿を見る限り、彼女は無条件で解放されたのではなく、泳がされているのだろう。

「─邪魔が入ったな。近々、仕切り直そう」

彩蝶がそう言うと、従順なものだけが残った会場では全員、彩蝶に頭を下げた。

そして、彩蝶の合図で帰宅する人々。
その中で、立ち尽くす絢人。

「彩蝶、俺、ちょっと」

頷く彩蝶の額にキスをして、悠生は絢人の元へと向かった。

彼は絢人を見るや否や、泣きそうな顔で。

「……兄さんっ……」

─泣き虫だった、あの幼い子。

「変わらないなぁ」

頭を撫でてあげ、昔みたいに手を広げると、少し躊躇いがちに、それでいて強く抱きついてくる。

「お前は、何も悪くない。悪くないんだ」

泣きながら、謝罪を繰り返す絢人。
父繋がりで、いつもこっそり会っていた寂しそうな、泣き虫の彼はこんなにも大きくなって。

「─ありがとう。まだ色々とやらねばならないことはあるけど、契約の件は気になってたから」

分家にもなれないような家格の氷見が、宗家すらも逆らえない契約は結べるはずはないと気になっていた。

─まさか、その原因が両親の血液とは思わなかったが、冬の宗家と冬の分家筆頭の夫婦だ。

そのふたりの血液を用いれば、他の宗家もそう易々と契約を解除することは不可能だったことにも説明がつく。

「両親のことも、ありがとな」

「っ、」

「ありがとう」

─誰も悪くないんだ。
悪いのは、それを考えたヤツらだけ。
だから。

「─うりゃ」

苦しそうな絢人の両頬を摘んで、引っ張る。
口角が上がる絢人は不思議そうな顔をして、

「……にいはん、いたいれす」

と、訴えてくる。

それでいい。それでいいんだ。
前に進めなくても、悲しみが心を支配しても。
笑ったり、泣いたりできなくていいから。

─どうか、顔はあげていて欲しい。

「悪い〜」

それだけでいい。
自分の存在を否定せず、立ち止まったままでいいから、自分を愛することを否定しないで欲しい。

謝りながらも、いくつか揶揄う。
絢人の困ったように目尻を下げ、笑いを殺すように口元に手を当て、小さく、笑い声を上げた。


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