それでも、あなたを愛してる。【終】
(─あなたは、それをしない。そんなことをしない、優しい人、優しすぎる人)
契は笑った。優しく、そして、切なそうに。
「……でも、お前はやっと自由になれた」
「……っ」
「やっと、泣いて笑って、楽しいことを楽しいって言えるようになったんだ。俺が縛ったら、元の木阿弥だろ?」
頭を撫でてくれる契に、依月はどう見えているのだろう。わがままばかりの、幼子だろうか。
「……契に言われてっ、されて、嫌だったことなんて、ひとつもない……」
何も分からなくて、ただ痛くて、苦しくて、なのに、それを口にすら出来なかったあの日々の中で、あなたが手を伸ばしてくれた。
「契がいたからっ、私が生きている世界は優しい人もいるんだって信じられたっ」
あなたがいたから。
あなたがいなければ、なんて、考えただけでゾッとする。
「……依月」
「契は、なんにも分かってないよ!私がどうして、感情を取り戻したかったか……どうしてっ、あっちから帰ってきてあなたに会いに来たのか!何にもわかってないよ!」
わかるはずもない。だって、伝えていないもの。
自分勝手なのは、依月の方。
そんなこと、百も承知だよ。
でもね、わかった大人のフリして微笑まれるほど、苦しいものはないんだよ。
睡眠薬なんて、そんなもの……貴方が手にするような代物ではないでしょう?私のせいにすればいいのに。私が悪いんだから。
「契のバカ!」
─喧嘩なんて、したことがなかった。
依月に、放出できる感情なんてものが無かったからだ。
幸せだとは感じていたと思う。不快感もあった。
だから、感情がなかったわけじゃない。
─それが、封印が解け始めていた証だとしても。
私は、契の傍で苦しかった思い出がない。
「そうやって大人ぶって、私のことを可愛がって、契は一人っ子だからっ、妹みたいって……昔っ、…………っ、私、契の妹になりたかったわけじゃない……対等に、一緒に………………」
上手く、説明出来ない。
どうしよう。お願いだから、何も言わないで。
何を言われても、上手く返す自信が無いの。
大人になれないの。甘やかされるの、嫌なのに。
依月には理解できないことが沢山あって、だから、やっぱり、今の依月は契といられない。
「…………もう二度と、あなたの前に現れないと契約を結ぶね。貴方が自傷しないよう、それも条件に含める。誰かと幸せになる未来もちゃんと、皆にお願いしてっ、私は」
涙が止まらない。契の顔を見れない。
怖い。何も言わないで。放っておいて。
契が近づく。依月が離れる。
それを繰り返して、気付けば、壁に追い詰められる。
逃げ場をなくして、顎を掴まれて。
顔をあげさせられて、視界に映る冷たい─……。