それでも、あなたを愛してる。【終】
「すごく楽しそうね。とっても素敵」
「楽しかったですよ。─そういう日々を、貴女が当主になっても送れるようにしましょうね」
当主という立場を代わってあげられない。
契にも継ぐものがあるし、何より、四ノ宮当主は“選ばれること”が最大の条件だ。
だから、代われない。
この細い肩に、全てを背負わせなければ。
「それはとても素敵だし、有難いけど……え、私、そんなに不貞腐れてる?」
「いいえ?」
彼女は寂しげで、悲しげだが、決して、不貞腐れてなんておらず、その瞳には静かに覚悟が燃えている。
─それがやっぱりどこか物悲しいなんて、失礼かもしれないけれど。
「……春の家や秋の家も、そんな感じなの?」
「千景と凛ですか?…どうでしょう?そうでもないと思いますけど……我が家はとにかく、楽しいことを優先する家系なので」
「上手に生きるのねぇ……」
「お褒めに預かり光栄です」
そうやって生きてきた。そうやって生きている自分の横で、依月が笑っている日々を愛してた。
「─個人情報漏洩になるかもしれないけど」
「?」
「貴方の最愛の人、今、“旅”に出ているのでしょう?皇が憎くないの?連れ去ったようなものよ」
「……」
確かに、彼は飄々としていた。
契に関することなど、何も知らないと言う顔で微笑み、彩蝶さんを言葉巧みに。
「貴方を目にした瞬間、本来ならば、皇は謝罪をしなければならない。あいつは“管理者”であり、運命を本来の形に保つ為に生きているのだと、公言している。それならば、自らの発言には責任を持ってもらわなければならない。─違う?私は間違ってるの?契」
彩蝶さんの言うことは最もであり、それを公言しているならば、責任について追求するべきで、依月に関することは全て、朱雀宮がほとんど管理していたのにも関わらず、四季の家の運命を直しているという“管理者”が何も言わず、依月を連れ去ったことは十分、朱雀宮が責め立てる事由となる。
何なら、氷見家の勝手な行動もその通りであり、朱雀宮には氷見家を潰す理由となっている。
しかし、それをしないのは。
それを、朱雀宮当主夫妻である両親が何も言ってこないのは全て、全て、契が望まないから。
「……俺は未だに“管理者”も、“旅”も上手く理解出来ません。一応、依月が帰ってくるまでには、やりたかったこと、やらねばならぬことをやっておこうとは思っています。けど、そこに下手な復讐や恨みは必要ありません。勿論、あとで話は聞きますけど、依月は間違いなく、皇を責めることを望まない。氷見家での最後の日の報告を聞く限り、あいつはいっぱいいっぱいで、だからといって、俺のもとに来れるほどの力も余裕もなくて、だからこそ、早く家から連れ出したかったんですが……あの夜の依月にとって、皇は救いだったと思います。だから、彩蝶さんが間違っているとは思わないし、同時に、間違っているとも言いません。また、皇を恨むこともしませんが、そうですね……依月が帰ってきた時、あいつが望むならば、それに相応しい末路を差し上げます」
いつか、依月が帰ってきたとしても、依月が笑ってなければダメなのだ。
『大好き』と笑う顔も、優しく触れる少し冷たい手も、今も鮮明に思い出せる。
あの日々を取り返すためにやるべきことは、やっぱり誰かを恨んだり、憎んだりするよりも、あいつが望んでいた未来に近づけること。