それでも、あなたを愛してる。【終】
「悲しかっただけだよ。夫に出会うまで、貴方が私の世界の全てだったんだもん。でも、もう今は大丈夫。大丈夫なんだよ、刹那。私、今、あなたのおかげでとっても幸せなの。だから、話を聞かせてよ」
悠月は微笑んだ。
父親代わりのような彼がずっと、あまりにも不安そうな顔をしているから。
分かってる。彼が彼を許さないのだ。ずっと。
もう、ずっとずっとずっと。
─何を言っても、無駄だと知っているけれど。
「…………依月が、ずっと泣くんだ」
ポツリ、と、漏らされた言葉。
「ずっとずっと、指輪を握りしめて。想定より、時間がかかりすぎてるんだ。あの空間と現実の時の流れは違うのに」
夫に、春の家、橘千陽から電話がかかってきたのは、もう半年前のこと。
夫は従兄弟の力になりたいと思っているらしく、悠月に色々なことを質問してきた。
悠月も分かる範囲と分からない範囲は決まっていて、だから、あまり力にはなれていない気はするけど、夫はそんな無力な悠月のことを褒めてくれて、感謝してきた。
(朱雀宮家からは菓子折が届いた)
「どうすれば良い……?どうすれば、あの子は」
「詳細はよく分からないけど、刹那はさ、彼らに自分の身を伝えているの?」
「え?」
「彩蝶は、強制的に、貴方の空間に足を踏み入れようとしているのでしょう?」
「……」
「彩蝶の道を、彼らの選択を邪魔したくないと思いながら、彼らに、特に彩蝶に会いたくない貴方は今、懸命に足掻いているのでしょう。想像以上に時間のかかる依月に対して焦りながら、同時に、彼らが自ら運命を切り開こうとする様に」
悠月の言葉にため息をこぼした彼は、
「……わかる?」
と、困った顔で聞いてきた。
「勿論。分かるわよ。だって、さっきここに入ってきた時に見えた貴方の表情、とても珍しかった。引き取られてから共に過ごした時間は短くても、あの病室で貴方と過ごした時間はそれなりにあったし、私が捨てた私は彩蝶と貴方も大切に思っていたと思うの。だから、貴方のことは何となく知っている気がして、だから、貴方を責めることなんてできなくて。─ねぇ、刹那?彼女がどうしても前を向けないなら、こちらの世界で様子を見るっているのも、見守るっていうのもね、ひとつの案だと思うよ?」
「それは」
「家も身分も、私達が用意してあげる。私が夫に話すわ。黙っておいてもらうし、私が上手く言って、彼らの捜索の手を止めさせる。貴方は1度、全てを止めて、彼に会いに行ったら?彼は、朱雀宮契さんは知っているだろうけど、素晴らしい人よ。そして、すごく彼女を愛してる」
「知ってるよ」
「なら、1度、話し合ってみれば良いのよ。貴方は人間じゃなくなったかもしれない。そして、決して今の生活を悔いてはいないけれど、同時に、人間じゃないという事実を今も受け入れることは出来ていなくて、苦しいんでしょう?」
─悠月は、沢山、話をした。
綴や美言、他の神様たちともいっぱいいっぱい話をして、刹那が来る前から世界にいた、もう姿もない存在とも話をして。
そして、知った彼の過去。人間だった彼は大人の策略に巻き込まれて、目の前で両親を失い、心臓を刺し貫かれそうになって、体躯を貫かれ、心臓を掠った。
そして、泉に捨てられた彼は息も絶え絶えで、その時、化け物に喰われた。
彼本人は自覚がないが、その際に傷ついた心臓に化け物の力が宿り、彼は宿主として、【運命の破壊者】になる道が開かれていた。
しかし、彼はその意志の強さや両親からの願い、最期に見た産まれたばかりの幼い妹の存在─……それら全てが動力となったのか、その化け物に呑み込まれることなく、その化け物全てを掌握し、【運命の調律者】となってしまった。
だから、肉体は死んでいない。
けど、もう人間には戻れない。
それを、彼は理解している。
化け物を呑み込んだことではない。
自分は人間のように死ぬこともなく、永遠にあの空間の中で生き続けてしまう存在になったのだということを、だ。