触れる指先 偽りの恋
 職場で着替えていると、出勤してきた木下ちゃんがにやっと笑って近づいてきた。

「おはようございますー。夏穂さん、今日スカートだあ。デートですか?」
「ち、違うけど……」

 会う予定もないのに、妙に気になってライトブルーのミモレ丈のスカートに、ふんわりしたトップスを合わせてみた。

「天気もいいし、たまにはいいかなあって」
「そうですか。金曜もスカートでしたもんね」
「うん。飲み会があったから……」
「同期会でしたっけ? 社会人の飲み会ってどんな感じなのか、気になります」
「いや、あんまり学生時代と変わらないよ? 仕事の愚痴と、恋バナばっかり」

 しかも私は院卒で、同期のみんなより少し年上だから、余計に気を遣う。

 大した違いはないとはいえ、向こうも若干気を遣っているのがわかるから、ノリを間違えたら気まずくなってしまうし。

 だから、恋バナにも頑張って参加していたんだけど。その影響を受けて、まさか貴島さんに連絡してしまうなんて。頭では恋愛には積極的にならない、と考えていたけれど、自分の本心が一気に表に現れたような気がして、気恥ずかしい。

 だからと言って、酔っ払って呼び出すなんて。とまた思い出しては自己嫌悪のループだ。
 朝から不釣り合いな重いため息が溢れた。

「夏穂さん?」
「ううん、何でもない。週末休んだし、頑張らないとね」

 切り替えて働かなければ、とぱんと自分の頬を叩いた。

 休憩中に確認すると、今日は早く上がれそうだから一緒に帰ろう、と貴島さんからメッセージが入っていた。
 これまでと何も変わらない内容に、大丈夫なのだろうか、と不安が過ぎる。でも恋人のふりは続けるわけだから、と自分に言い聞かせ「わかりました」と返事をした。
 貴島さんは店には来なかったけれど、私が上がって着替えを済ませたところで「外にいるね」と連絡があった。
 休む間もなく仕事をこなしていたのだろうか、と心配になる。

 慌てて外に出ると、いつもと同じ改札の前に佇む貴島さんの姿を見つけた。
 二日振りなのに、なんだかとても久しぶりのような気がする。
 光沢のあるカーキのネクタイを少しだけ緩めた姿に、きゅんと胸が疼く。

「すみません、お待たせして」

 駆け寄ると、貴島さんの目が私を捉えた。上から下まで目線が下がって、もう一度顔のあたりに戻ってくる。

「……貴島さん?」
「あ、ごめん。可愛いなと思って」

 さらっと告げられて、顔に熱が集まる。

「金曜日も可愛かったけど、飲み会だからなのかなって思ってた」
「……あ、りがとうございます」

 何と言っていいかわからずぺこりと頭を下げたときだった。

「夕飯でも食べて帰ろうか」

 と笑った貴島さんに、はい、と返事をしようとしたとき――。
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