触れる指先 偽りの恋
 トラブルというのは、馬鹿みたいに重なって起きる。

 というか、一件だけなら多分トラブルではなくて、ただ交渉に苦戦している、という事実だけなのだ。それが何件も重なるから、トラブルとして目に見えるのであって――などと考えている場合ではない。
 
 元々、ヨーロッパに本社のある会社と提携する話は出ていた。加工品の買い付けにいく話も出ていたし、間に仲介として入る会社があるということもわかっていた。予想外だったのは、その仲介業者の担当が相原美弥子だったということだ。
 そして元々予定していた商品に加え、別商品の契約も締結することになったのだが、その販路がさらに複雑で、別の国に本社のある会社ともやりとりするようになったこと。

 さらに同時期、国内で動いていた全く別件の商品を委託していた工場とのトラブルが発生したのが、想定外だった。
 契約のためヨーロッパに行く日取りは決まっていたところに、新たな国内での問題発生だ。
 こちらが発注していた内容と齟齬があることが、商品化する直前で発覚し、その対応に追われていた。
 チェックをすり抜けてしまった原因を、今後突き止めなければならないと思うと気が重い。けれどそれよりも前に、まずは納期に間に合わせることが重要だった。我々がトラブル対応に奔走している間に、美弥子とその同僚はこちらの会社に通いづめになり、ヨーロッパの事業を進めてくれていた。

 そんなわけで、夜遅くまで作業――下手したら終電を逃す日すらあり、カフェに顔を出すこともままならなかった。武井さんには定期的にメッセージは送っていたものの、同じようにトラブル処理に追われる毎日で、特筆するような内容もない。
 それまではなんだかんだ、食べたものや見かけた景色や、今度出かけたい場所を調べたりして送っていた。けれど今は、そんなゆとりがなかった。
 毎回仕事が大変で、と送るわけにもいかず、それ以外のことに割いている時間もなく、だんだんメッセージを送信する間隔も開くようになってしまっていた。
 そもそも、いつも連絡を取るのはこちらからで、武井さんからメッセージが届くことはほぼ無い。会議が終わって携帯を見ても、何の通知も来ていない。
 もし気が向いて、何かひと言でも送られてきていたら、それだけで気持ちが晴れるのに。
 ただ、ここ最近の武井さんはどこか余所余所しい。美弥子に遠慮しているのかもしれない。そんな必要、まったく無いのに。

 毎日に忙殺されている間に、美弥子――相原が、武井さんに会いに行ったと知ったのは、実際に二人が会ったらしい日から、すでに何日か経ったあとだった。

 
 海外とのオンライン打ち合わせを終えると、もう二十二時を過ぎていた。こちらからの参加者は俺と彼女だけで、それぞれ別部屋でパソコンに向かっていたのだが、荷物をまとめた美弥子が俺のいる部屋に顔を出した。

「先に失礼するわね」
 
 そう言って顔を覗かせた扉の向こうは、国内のトラブルでまだ残っている者も多く、雑然としていた。

「ああ。今日も遅くまで悪いな」
「別に。こちらはやるべきことをやっているだけだし、気にしないで。今日の議事録は明日投げておくから」
「すまない」
「あんまり根詰めてると、余計どつぼにはまるわよ」
「ああ、わかってる」

 と言っても、日本を発つまでに型をつけなければ。
 まだまだやることが多いな、とため息を吐きかけたその時だった。

「そういえばこの前、武井さんに会いに行ったの」
「は……?」

 思わず間の抜けた声が漏れていた。
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