触れる指先 偽りの恋
あなたへと続く
あっという間に本社異動の日がやってきてしまった。
詰め込みで引き継ぎをした斉藤くんのことが心配ではあったけれど、正直言って、気にかけているほどのゆとりはなかった。
もっとも、店長が「あとは任せて、安心して本社に戻りなさい」と言ってくれたから、自分の出る幕はもうないのだけれど。
きっと本社での仕事に集中できるよう、そう言ってくれたのだろう。有難い。
実際、本社勤務になって一気に切り替わった仕事と生活に慣れるので、私は四苦八苦していた。
店舗配属になる前は本社勤めだったから、元に戻っただけなはずなのに。
新入社員だった頃とは、求められる仕事がだいぶ変わったせいもある。
それでも勤務時間は固定になったし、デスクワークだから身体的な負担は減ったはずなのに、様変わりした仕事になかなか身体も脳も慣れない。
この一年弱で、だいぶ店舗勤務に馴染んでいたんだな、と思い知らされた。
昼食をゆっくり食べている暇もなくて、自席でパンに齧り付きながら資料を読んだり、メールを確認していると、あっという間に休み時間が過ぎてしまう。
何より念願の企画開発部の仕事だと思うと、何をするにも緊張してしまって、いっときも気が抜けなかった。
今回は来年の初夏のシーズンメニューを立ち上げるプロジェクトの一員として、期間限定で参加しているけれど、ここで認められれば、本当に企画開発部に異動が認められる。逆に、無理だと判断されれば、また現場か違う部署に送られるのだろう。
シーズンメニューは毎回数種類作られる。バランスも考慮するため、今回のプロジェクトメンバー全員で、初夏のメニュー全てを監修することになっている。つまり、自分が提案した商品以外についても考えなければならない。
それ以外に、企画開発部での通常業務も最低限は覚える必要があり、店舗とは違う脳がフル回転している。
けれど不慣れな私に仕事を教えてくれる先輩社員は、説明がとてもわかりやすい。些細な仕事も噛み砕いて丁寧に説明してくれるので、とても楽しかった。だからこそ、余計に結果を出したいと思うし、私もここの一員として認められたいという思いが強くなる。
私も斉藤くんに、こういうふうに仕事を教えてあげたかったな、と反省しきりだ。時間がないと焦ってしまって申し訳なかったな、と思っていると、スマホがメッセージを受信した。
木下ちゃんだった。店舗でなにかあったのだろうか、と慌ててメッセージを開き、読んだと同時に、「あ」と声が出ていた。
――夏穂さん、貴島さんがお店に来ましたけど、本社に移ることちゃんと言いました?
言っていない、かもしれない。いやかもしれないじゃない。言っていない。
相原さんが現れたショックと、異動準備の忙しさに気を取られて、何も伝えていなかった、と思い出す。
――ごめん、忘れてた。
――何やってんですか。早く連絡してください。
そうだ、貴島さんも仕事が忙しそうだったから、後で落ち着いて連絡しようと思って、そのままにしてしまっていた。
「やば」
口からこぼれて、慌ててメッセージを作成しようとしたところ、「武井さん、ちょっと」と先輩から声がかかった。口に入っていたパンを慌てて飲み込んで、「はい!」と返事をする。こうして、連絡はまた後回しになってしまった。
詰め込みで引き継ぎをした斉藤くんのことが心配ではあったけれど、正直言って、気にかけているほどのゆとりはなかった。
もっとも、店長が「あとは任せて、安心して本社に戻りなさい」と言ってくれたから、自分の出る幕はもうないのだけれど。
きっと本社での仕事に集中できるよう、そう言ってくれたのだろう。有難い。
実際、本社勤務になって一気に切り替わった仕事と生活に慣れるので、私は四苦八苦していた。
店舗配属になる前は本社勤めだったから、元に戻っただけなはずなのに。
新入社員だった頃とは、求められる仕事がだいぶ変わったせいもある。
それでも勤務時間は固定になったし、デスクワークだから身体的な負担は減ったはずなのに、様変わりした仕事になかなか身体も脳も慣れない。
この一年弱で、だいぶ店舗勤務に馴染んでいたんだな、と思い知らされた。
昼食をゆっくり食べている暇もなくて、自席でパンに齧り付きながら資料を読んだり、メールを確認していると、あっという間に休み時間が過ぎてしまう。
何より念願の企画開発部の仕事だと思うと、何をするにも緊張してしまって、いっときも気が抜けなかった。
今回は来年の初夏のシーズンメニューを立ち上げるプロジェクトの一員として、期間限定で参加しているけれど、ここで認められれば、本当に企画開発部に異動が認められる。逆に、無理だと判断されれば、また現場か違う部署に送られるのだろう。
シーズンメニューは毎回数種類作られる。バランスも考慮するため、今回のプロジェクトメンバー全員で、初夏のメニュー全てを監修することになっている。つまり、自分が提案した商品以外についても考えなければならない。
それ以外に、企画開発部での通常業務も最低限は覚える必要があり、店舗とは違う脳がフル回転している。
けれど不慣れな私に仕事を教えてくれる先輩社員は、説明がとてもわかりやすい。些細な仕事も噛み砕いて丁寧に説明してくれるので、とても楽しかった。だからこそ、余計に結果を出したいと思うし、私もここの一員として認められたいという思いが強くなる。
私も斉藤くんに、こういうふうに仕事を教えてあげたかったな、と反省しきりだ。時間がないと焦ってしまって申し訳なかったな、と思っていると、スマホがメッセージを受信した。
木下ちゃんだった。店舗でなにかあったのだろうか、と慌ててメッセージを開き、読んだと同時に、「あ」と声が出ていた。
――夏穂さん、貴島さんがお店に来ましたけど、本社に移ることちゃんと言いました?
言っていない、かもしれない。いやかもしれないじゃない。言っていない。
相原さんが現れたショックと、異動準備の忙しさに気を取られて、何も伝えていなかった、と思い出す。
――ごめん、忘れてた。
――何やってんですか。早く連絡してください。
そうだ、貴島さんも仕事が忙しそうだったから、後で落ち着いて連絡しようと思って、そのままにしてしまっていた。
「やば」
口からこぼれて、慌ててメッセージを作成しようとしたところ、「武井さん、ちょっと」と先輩から声がかかった。口に入っていたパンを慌てて飲み込んで、「はい!」と返事をする。こうして、連絡はまた後回しになってしまった。