触れる指先 偽りの恋
ご無沙汰しています。出張から戻られたんですね。私は色々あって、本社勤務に戻ることになりました。きちんとお伝えできずにすみません。落ち着いたら、またどこかへ出かけませんか――。
そこまで打って、最後の一文は削除した。
なんて書いて締めたらいいんだろう、と自室の天井を仰ぐ。
仕事を終えて帰宅したら、パソコンやノートを開いて、翌日の準備をする毎日だった。
日々打ち合わせや会議で次々と、改善点や問題点が挙げられていくので、準備が欠かせない。
机に向かって、そのまま寝落ちてしまうことも多かった。
でも今日こそは。
絶対貴島さんに連絡をする、と固く決意して帰宅したのだ。
開いたノートもそのままに、スマホと向き合ってしばらく経っている。
結局「落ち着いたら、またご連絡します」と書き換えて、送信ボタンを押した。
出張から帰ってきても、忙しいことに変わり無いかもしれないし。
そもそも忙しくなかったら、貴島さんから連絡してきてくれているだろうし、と言い訳を頭の中で並べて。
無難な文面にしたけれど、それでも送るまでにだいぶ時間がかかってしまった。
さんざん悩んで送った文章を読み返していると、すぐに既読がついた。どきっとする。それでいて、同じ画面を同時に見ているという事実に、胸が甘く痺れた。
つい返事を期待する自分に気づいて、慌てて画面を閉じようとすると、スマホが震え始める。
かけてきたのは、もちろん貴島さんで。
「も、もしもし」
「あー、貴島です。こんばんは」
「……こんばんは……」
ちょっと声に疲れが見えた。
けれど何と言っていいのか言葉が見つからず、口篭ってしまう。
「良かった、繋がって」
心底ほっとしたような声音に、どくんと胸が疼く。
私も、声が聞きたかった。
さらりとそう言えればいいのにとても無理で、なんとか言葉を探す。
「あ、の。えっと、まだお仕事ですか」
「今日はもう終わって、家まで歩いてるところ。なんか久しぶりだな、武井さんの声聞くの」
「そう、ですね」
「うん」
沈黙が落ちる。二週間くらいしか経っていないはずなのに、ずいぶん久しぶりな気がした。
「えっと。武井さんに会いたいんだけど、会えますか」
会いたい、は文字通りに捉えて良いのだろうか。
もちろん、私も会いたい。
でも、会いたい理由は、なぜなんだろう。
もし、もう恋人のふりは必要ない、と言われてしまったら――という不安を覚えて、ぎゅっとスマホを握る。
「はい。あの。私、移動になって、普通に土日休みですし、平日も十九時退社なので……」
「あ、そうなんだ。二日間も店にいなかったから、変だなと思ってたんだけど」
「う……。すみません。お伝えしそびれていて」
そう言うと、電話口の向こうが静かになる。
歩いているからか、かすかな吐息だけが聞こえてきて、不安が過った。
「忘れられてたってこと、だよなあ」
「え?」
ぽつりとため息混じりの声がはっきり聞き取れなくて、慌てて聞き返す。
けれど貴島さんは「ううん。何でもない」と笑ったかと思うと、「あ でもじゃあ職場は遠くなっちゃったのかな」と明らかに違う話題を口にした。
「いえ、本社も同じ駅なので。反対側ですけど」
「へえ。そうだったんだ」
じゃあ良かった、とほっと息を吐く音が聞こえてきて、首を傾げた。
「もう武井さんと一緒に帰れないのかと思った」
「そんな。いつでも大丈夫です!」
「え?」
「あ、いえっ」
意気込んで答えてしまい、慌てて口を噤む。
どうしよう。まるで貴島さんからの誘いを待ち望んでいるって、丸わかりな発言をしてしまった。
上手くごまかすこともできず、そのまま黙り込んだ。
二週間前には、詮無いことをいくらでも話していたのに、お互いに言葉を見失ったみたいに、中途半端な沈黙が続く。
「明日、絶対早く上がるから。会えますか」
「……はい」
いつか誘われたときみたいな改まった言い方に、どくんと胸が疼く。
見えもしないのに、スマホを握りしめたままこくんと頷いていた。
「良かった」
実感のこもった言葉に、私もです、と言ってしまいそうになる。
「じゃあ、また明日ね」
「はい。あの、楽しみに、してます」
「俺も。おやすみ」
「おやすみなさい」
久しぶりにかわす挨拶のおかげで、胸が温かくなる。
貴島さんのことが、好きだ。
好きで、好きで。想いが溢れてしまいそうだった。
もし明日、もう恋人のふりはやめようと言われたら――ショックだけど、それでもいい。
だってそれならそれで、片想いが始まるだけだから。
そこまで打って、最後の一文は削除した。
なんて書いて締めたらいいんだろう、と自室の天井を仰ぐ。
仕事を終えて帰宅したら、パソコンやノートを開いて、翌日の準備をする毎日だった。
日々打ち合わせや会議で次々と、改善点や問題点が挙げられていくので、準備が欠かせない。
机に向かって、そのまま寝落ちてしまうことも多かった。
でも今日こそは。
絶対貴島さんに連絡をする、と固く決意して帰宅したのだ。
開いたノートもそのままに、スマホと向き合ってしばらく経っている。
結局「落ち着いたら、またご連絡します」と書き換えて、送信ボタンを押した。
出張から帰ってきても、忙しいことに変わり無いかもしれないし。
そもそも忙しくなかったら、貴島さんから連絡してきてくれているだろうし、と言い訳を頭の中で並べて。
無難な文面にしたけれど、それでも送るまでにだいぶ時間がかかってしまった。
さんざん悩んで送った文章を読み返していると、すぐに既読がついた。どきっとする。それでいて、同じ画面を同時に見ているという事実に、胸が甘く痺れた。
つい返事を期待する自分に気づいて、慌てて画面を閉じようとすると、スマホが震え始める。
かけてきたのは、もちろん貴島さんで。
「も、もしもし」
「あー、貴島です。こんばんは」
「……こんばんは……」
ちょっと声に疲れが見えた。
けれど何と言っていいのか言葉が見つからず、口篭ってしまう。
「良かった、繋がって」
心底ほっとしたような声音に、どくんと胸が疼く。
私も、声が聞きたかった。
さらりとそう言えればいいのにとても無理で、なんとか言葉を探す。
「あ、の。えっと、まだお仕事ですか」
「今日はもう終わって、家まで歩いてるところ。なんか久しぶりだな、武井さんの声聞くの」
「そう、ですね」
「うん」
沈黙が落ちる。二週間くらいしか経っていないはずなのに、ずいぶん久しぶりな気がした。
「えっと。武井さんに会いたいんだけど、会えますか」
会いたい、は文字通りに捉えて良いのだろうか。
もちろん、私も会いたい。
でも、会いたい理由は、なぜなんだろう。
もし、もう恋人のふりは必要ない、と言われてしまったら――という不安を覚えて、ぎゅっとスマホを握る。
「はい。あの。私、移動になって、普通に土日休みですし、平日も十九時退社なので……」
「あ、そうなんだ。二日間も店にいなかったから、変だなと思ってたんだけど」
「う……。すみません。お伝えしそびれていて」
そう言うと、電話口の向こうが静かになる。
歩いているからか、かすかな吐息だけが聞こえてきて、不安が過った。
「忘れられてたってこと、だよなあ」
「え?」
ぽつりとため息混じりの声がはっきり聞き取れなくて、慌てて聞き返す。
けれど貴島さんは「ううん。何でもない」と笑ったかと思うと、「あ でもじゃあ職場は遠くなっちゃったのかな」と明らかに違う話題を口にした。
「いえ、本社も同じ駅なので。反対側ですけど」
「へえ。そうだったんだ」
じゃあ良かった、とほっと息を吐く音が聞こえてきて、首を傾げた。
「もう武井さんと一緒に帰れないのかと思った」
「そんな。いつでも大丈夫です!」
「え?」
「あ、いえっ」
意気込んで答えてしまい、慌てて口を噤む。
どうしよう。まるで貴島さんからの誘いを待ち望んでいるって、丸わかりな発言をしてしまった。
上手くごまかすこともできず、そのまま黙り込んだ。
二週間前には、詮無いことをいくらでも話していたのに、お互いに言葉を見失ったみたいに、中途半端な沈黙が続く。
「明日、絶対早く上がるから。会えますか」
「……はい」
いつか誘われたときみたいな改まった言い方に、どくんと胸が疼く。
見えもしないのに、スマホを握りしめたままこくんと頷いていた。
「良かった」
実感のこもった言葉に、私もです、と言ってしまいそうになる。
「じゃあ、また明日ね」
「はい。あの、楽しみに、してます」
「俺も。おやすみ」
「おやすみなさい」
久しぶりにかわす挨拶のおかげで、胸が温かくなる。
貴島さんのことが、好きだ。
好きで、好きで。想いが溢れてしまいそうだった。
もし明日、もう恋人のふりはやめようと言われたら――ショックだけど、それでもいい。
だってそれならそれで、片想いが始まるだけだから。